日々の雑感的なもの ― 田崎晴明

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茶色の文字で書いてある部分は、相当に細かい仕事の話なので、ふつうの読者の方は読み飛ばしてください。


2/1/2004(日)

二月だ。

2004 年になったと思ったら、あっという間に一月が過ぎてしまった --- と書くのが普通だろうが、ぼくはちがうな。

曙・サップ戦なんて、遠い昔のような気がする。 一月は、論文草稿を猛烈な勢いで書いたり、渡米の計画を立てたり、風邪ひいたり、Raphael が来ていろいろ仕事したりで、長かった、長かった。

だからというわけじゃないだろうけど、「日々の雑感的なもの」をまさに日々書きつづけ、けっきょく一日も欠かさずに書いてしまったではないか。 こんなの、はじめてだ。 でも、これは怖いよね。 ここで休まなければ皆勤賞が維持できるぞ、とか思って無理して毎日書いたりすると中身も薄くなるだろうし(もともと濃いわけじゃないけど)、それ以上に、なんか追われているみたいで、やだ。 というわけで、別に 2004 年は一日も欠かさずに書くぞ、とか思っているわけじゃないですからね。 (あ、でも今日も書いたから、今のところ 2004 年は皆勤だぞ・・)


一月の長い雑感のなかで、ぼく個人として気に入っているのは、(ばれているかもしれないけど)「ふらく太郎」なんだよね。 あそこに書いてあるように、本当に iBook を膝にのせてソファーに座ってタイプしている時にとっさに思いついてその場で書いたネタなんだけど、あとから思い返すに、本人としてはきわめてツボで、妙に気に入っているのだ。 ああ、俺にとって一つの不思議に完成された心地よい世界がここにあるなあって感じる時さえある。

でも、これこそ諸刃の剣として恐れるべきものなのかもしれない。

実は、「ふらく太郎」をアップするやいなや賞賛のメールを送ってくれた旧友の W も、あれは素晴らしいといいつつも、ぼくがその世界に居心地よく安住して村上春樹が上手に描いてみせるような充足はしているが非生産的な平和に陥ってしまうことを(表現こそちがえ)真摯に心配してくれたのだった。 不安定だった若き日をともに過ごしぼくの強さも弱さも熟知している W は正しい。 そういう意味で、月の後半の「雑感」の執筆は、ぼくにとって、「ふらく太郎」というユートピアから逃走しつつ敢えてふらく太郎の世界を普遍化しその魔力を中和するというポストモダン的ディコンストラクシオンの実践だったといっていいかもしれない。 いや、まあ、適当に書いてるだけなので信じたり真面目に考えたりしてくださらなくていいんですけど。


ええと、再び真面目な話。

来週の林さんによるセミナーの案内を作りました。 ご関心のある方は、ご遠慮なくご参加ください。

もちろん、こうやって紹介しても、この「雑感」の読者で敢えて専門のセミナーに出席しようと思われる方が多くないのは知っています。 それで、まったく構わないと思います。

林さんのセミナーはちゃんとしたものですけれど、先月の 29 日の雑感でわざわざ紹介したぼくの明日のセミナーなどは、本当に気楽なインフォーマルなものです。 周辺の身内以外に、駒場の学生さんも来て下さるようですが、それだけなら、別に日記に書かなくても、個人的にメールしたり口(くち)コミで伝えてもらえればすむことです。

そう考えると、セミナーの案内を日記でやるのは限りなく無意味なことだと思われるし、それは事実そうなんでしょう。 でも、ぼくは、どんなインフォーマルなものでも、真面目に科学の話をするならば、それはできる限り公開にすべきだし、公開する以上はこっちが想定していなかった人が来る可能性を最初から度外視してはならないと強く信じているのです。 非常に確率の低いことではあるけれど、もしかしたら、こちらが想定していないところに、口コミや知人へのメールでは伝わらないところに、その話に真の関心を抱いている人がいるかもしれない。 そういう人が情報を得て、話を聴きに来るという道を(可能性としてだけでも)確保しておかなくてはいけない、と考えているわけです。

実は、このあたりは、かなり本気で思っていることで、ぼくが、参加者を限定した会議やセミナーが好きではない、という話とも関係しています。 ま、そのあたりのことは、いずれ書くことにしよう。


2/2/2004(月)

SST のセミナー。

小規模とはいえ、多彩で質の高い聴衆にめぐまれ、愉しく話せました。 説明していて、どういうところで話が滞るのか、聞いている人がひっかかるのか、など学ぶことも多かった。 ありがとうございます。

次は Rutgers だ。

セミナーの後は、お茶を飲みながら、どういう実験が可能かと言うことを延々と議論。 さすが小松さんは、いろいろなアイディアを次々と出してくる。 粉体系でゆらぎの式の実験ができないだろうかと提案すると、たちまちのうちに具体的なプランが浮かび上がってくる。

セミナーに出られたみなさん、とくに N さん: (\Delta N)^2 の期待値の式はやっぱり間違ってたよね。 F を N で二回微分したものが出るのだから、\mu の N 微分。 \mu'(\rho) を V で割った物が出るのが正しい。


ぼくのセミナーの前に、林セミナーの案内を印刷しようとしんだけど、普通通りに印刷のコマンドを選んでも、
Printer does not respond
と言われてしまって、印刷できない!

がっびーーん。

土曜日(1/31)に、Windows XP から変な物を印刷されてしまったと書いたけど、その時にプリンター君がおぞましき MS 病にかかったかなんかして、本来の親である Mac の言うことを聞かなくなってしまったみたいだ。 ひえー。 どうしよう。

「ぐぉらっあ、てめえ、うちのかわいいプリンターに何をしやがったんだあ」と○○研に殴り込んだりはせず、単におろおろと困っているあいだに自分のセミナーになってしまった。 (セミナーの後に「印刷ができない」と皆にさんざん愚痴を言ってしまった。 お騒がせ。)

で、けっきょく後になってプリンターの選択のコマンドを実行したら、なんのことはなく、再びこっちを振り向いてくれました。 よかった。

もう Windows なんかと浮気するんじゃないよ、と言い聞かせ(いつもスリープにしていたのだけど)電源を切ってきました。


日課の筋トレもおわり、さすがに疲れたけど、Raphael とやっている展開計算の f の二次の項の様子をどうしても見てみたい。

ビールを飲んで元気を出して少しだけ計算してから寝よっと。


2/3/2004(火)

昨夜考えていた f の二次の項の扱いは、起きている間は釈然としなかったが、ベッドにはいってから、ちゃんと見通しがついた。 相互作用の最低次で考えるべきは一項だけ、望ましい対称性をもっている。 寝付く寸前まで考えていたせいで、展開計算にやたらいっぱい項が出てきて、ややこしい計算をする夢をずっと見ていた。 一項だけ考えればいいと言ってるのに。


この年齢になれば、自分の誕生日だってどうでもいいくらいなのだが、今日が父の70歳の誕生日というのは不思議に感慨深い。

ひとつには、学習院大学の停年が70だということがある。 ぼくが、今の父の年齢になり、ぼくの子供たちが今のぼくの年齢くらいになるまでは、勤められるのだろう(停年を変えないでくださいね)。 つまり、ここでの残り時間は、ちょうど「一世代分」ということになる。

逆に、今から「一世代分」前、父が今のぼくの年齢だったときには、ぼくは大学に入り物理や数学の世界に深くのめり込みはじめていたのだ。 ちょうど、道半ばって感じか・・


節分なんだね。

夜、目白通りから少し奥に入った小道を歩いていたら、大きな家の二階のベランダあたりから子供たちの「鬼は外!」という元気な声がして、豆がパラパラと落ちてくる音。 そして、豆は庭を通り越して、ちょうどその家の大きな門の前を歩いているぼくの近辺まで、パラパラと転がってくる。 さらに、「鬼は外!」、パラパラパラ、追いかけるようにその家の飼い犬がわんわんわんと吠えたてる。

鬼も大変だなと素直に思いました。月並みは意見ではありますが。

ぼくも(大きくない)家の二階から豆をまいたんですが、ちゃんと下に人がいないことを確認してから二、三粒そっとまきました。


2/4/2004(水)

ナカムラさんと Raphael を招いて夕食。

ナカムラさんがお一人いらっしゃれば、もう、場が持たないとか座が静かになるなんてことは決してないから、と事前に妻に請け合う。 そこは、それ、一回だけセミナーの前後にちらっと話したことがあるだけの、旧知の間柄のナカムラさんなので、食事をするのははじめてでも、確信をもってこう保証できるのだ。

で、もちろん、ナカムラさんが予想を裏切るはずもなく、Raphael ともども、英語と日本語おりまぜて途絶えることなく様々な話題で盛り上がった。 加えて、ギターやピアノの演奏をさりげなく次から次へとと披露して下さるナカムラさん。 興がのってくると、クリムゾン、ELP、YES などのさわりを次々と。 同世代のわれわれ夫婦にはたまらない。 (ならば、というので、Round About のギターのイントロを弾く私であった。 これは誰でも弾けるが・・) さらに、(こういうのすごく好きなんだけど)「誰にでも弾けるモダンジャズ」とか「誰にでも弾けるジャズピアノ」などの一発技の伝授も。 家族にも大好評であり、息子からは、パパも(ナカムラさんのように、ギターもピアノもというのは無理だが)ピアノくらいはもう少しうまくなれと言われてしまった。 ちなみに「誰にでも弾けるジャズピアノ」というのは基本的に左手で G の音をオクターブで押さえ、右手は Dm7 と Em7 の和音を交互に、って、ここに書かなくてもいいですね、これだけじゃわからないし。

もちろん、科学の話もいっぱいしてまっせ。念のため。


深夜に知らない名前のメール。

また spam かと思ったら、Rutgers の Lebowitz が秘書さん経由で出したメールだった。 あっちでのセミナーや議論の段取りについて、親切に考えてくれている。 なんか、うれしいなあ。


2/5/2004(木)

ナカムラさんが学習院にいらっしゃって、プラズマの(擬似)平衡状態、回転系の平衡状態などの問題について教わる。

前者は、平均場の扱いから出る平衡状態と、実際の平衡状態が質的に異なっている例ということになるのだろう。 通常の平衡状態への緩和そのものが猛烈に難しい問題ではあるのだが、このちょっと不思議な「平衡」状態へのうまい切り込み方がないか考えるのは愉しい。 回転系の平衡状態は、ある意味で、定常状態統計力学をやるための必須の練習問題のようなところがあり、ナカムラさんに教わってかなり混乱が解消したのは喜ばしい。

家に戻って、今日はナカムラさんといろいろ話し合ってきたと言うと、息子がすかさず「ギャグについて話し合ってきたんだな」と適切な合いの手を入れていた。 ナカムラさんという人がわかってきたようである。


2/6/2004(金)

非平衡定常状態の摂動計算。 すべきことはすべて見えて、あとは腰をすえてひたすら計算するだけか --- と思われたのだが、(計算が嫌だということもあって)しつこく一般論をにらんで、非平衡度 f のすべてのオーダーについて足し合わせた非平衡補正の計算が可能かも知れないと気づく。 基本的な方程式は書き下したので、あとは、解の挙動がどこまでおさえられるか。 (ないしょだが)ぼくは積分が苦手なので、高麗さんにいろいろと相談する。

非平衡度については無限次まで足すが、相互作用については二次まで。 いかにもバランスが悪いが、非平衡をやりたいという強い意志が現れていて好感がもてるではないか。 ナカムラさんによると、太陽風プラズマのなかの荷電粒子は、地球にとんでくるあいだに、二、三回しか衝突しないらしいが、ちょうど、そういう感じか?(いや、別にそういう感じとはちがうし、そもそもこのプラズマの話は曖昧な記憶で書いているので信じないでください。)


夜。

昼間やった方程式の導出があんまりアホだったんで、笑ってしまう。ははははは。 こんな式、5秒で出るじゃん。

急激に賢くなってはきたが、それでも、全貌はわからん。 なんか、直感的にイヤな感じがするなあ。 いったん1次元におりて解の挙動をみよう。


風呂上がり。

お風呂は、いい。 体があたたまるし、展開計算の方針の見通しもつく。 ていうか、入浴中に、ほぼ完璧に理解した。

f の全てのオーダーを足しあげるのはよいことのようだったが、けっきょくのところ「得して、損とれ」の構図になっている。 出てくる方程式は連続極限のないような汚い式だ。 解を汚らしくフーリエ表示することは可能だが、見通しが悪く、けっきょくは f で展開したりするのだろう。

そう思えば、完璧に正常な Poisson-Laplace 方程式の解だけを使って展開の各項を構成していくという今までの戦略は、まったくに正しく堅実であった。

今日、あえて f の足しあげを試みたことで、われわれの方針の意味がより明快にわかったし、一発で楽ができる道がないことも確認した。 おまけに、f の一般の次数を計算するための漸化式の作り方も見えて、うれしい。


2/7/2004(土)

だー。眠い。

ぼくらの場合、不眠だったりしたとき「ベッドに入ったらすごいアイディアを思いついて、考え始めたら興奮して頭がさえて寝られなかった」というとかっこいいのだが、昨夜は、ただ、特にそうういう理由もなく、単に体調だか精神の調子だか惑星の配置だかが悪かったらしくて、ひたすら寝付けなかった。 他愛もないことを考えて落ち着こうと思ったのだが、それでも寝られなくて、飽きてきて、けっきょく展開計算のつづきを寝ながらやっていた。 で、紙を使わなくても対称性などからわかる評価はあらかたやってしまった。

なるほど。 こういう抽象的な作業は夜ベッドの中で、やって、昼間は紙と鉛筆で具体的な計算をするというサイクルを採用すれば、実に能率的に一日中理論研究ができるではないか --- と思うでしょうが、眠いからダメです。

池袋に行って、大学用に OS 10.3 を買うことにしようかな。


2/10/2004(火)

さてと、web 日記皆勤賞の呪縛からは軽々と脱却。


昨日の林さんのセミナーは、こぢんまりとしてはいるが、とても充実していたと思う。

学外からも、佐々さんや佐々研の学生さんが参加。 また、数学科の谷島さんが顔を出して下さったのは、まったく予期もしていなかったので、驚きだった。 ぼくのところでは相当に数学に近い人が話をすることもあるけれど、今度のように、まったくの理論物理のセミナーにひょいと顔を出してちゃんと聞いてくれるところに、彼の科学者としての懐の広さと「大物」たるところが現れていると思う。

林さんの話はとてもよく準備されていて、おもしろかった。 前半の堅実な話から出発し、後半では未だに白黒のつかない数値実験の試みを生々しく紹介する、という構成もよかったと思う。 英語も(発音にムラがあったが)十分に許容範囲であり、はっきり言って標準よりははるかに上。

セミナーのあとは、佐々さん、林さん、ぼくなどで、様々な関連する話題を延々と。 自然な流れでリクエストがあり、ぼくが、Raphael とやっている driven lattice gas の摂動展開の話を説明することになった。 これは、考えてみれば当然の成り行きだったが、どういうわけか、そうなるとは予想していなかったのだ。 ともかく、アドリブで、展開の実際を f の一次まできちんと説明する。 それなりに、すらすらとしゃべったつもり。 実は、前日の夜に滑り込みでやったことも含まれていたことは誰も知るまいて。


ところで、昨日は、家に新しい iMac が届いた日でもあった。

Mac である以上、箱から出せばほとんど即座に使えるわけだが、どういうわけかワイヤレスのネットワークの設定だけがうまくいかず、セミナーの前の午前中はそれだけに費やしてしまった。 夜、家に戻ってから、AirMac station をリセットしたりとがんばったのだが、なんか、やたら不安定で、うまくいったと思うと、接続が途絶えたりと、Windows ユーザーには決して言えないなと思うような有様だった。

ところが、ごそごそやっていると、夜も遅くなったあたりから、妙にうまく行き始めて、その後は、何のトラブルもなくきちんとネットワークにつながるようになった。 要するに、新しくやってきた奴が家に慣れて今までの仲間達に受け入れられるのに時間がかかったということのようだ。 やっぱり、コンピューターも思いやりを持って暖かく見守ってやらなくては、という教訓が得られました。


2/11/2004(水)

なんか、一日遅れで書いている。

昨日は午後から通信教育大手の某社の人たちがいらっしゃって、インタビューなるものを受ける。 一人では心細いので、学生さんにも同席してもらった私である(←これは大正解だった、いろいろと助けてもらった)。

最初は、空気がつかめず調子がでなかったが、後半になると、がぜんと元気になって、熱弁をふるいまくっていた。 あちらの皆さんも「引いたり」はせず、うなずきながら一生懸命聞いて下さっていたのは、ありがたい。

高校での物理教育のカリキュラムが大きな問題を抱えていることを思うと「高校生はどういう姿勢で勉強すればいいか」という問いに正面から答えるのは、一種の試練のような気もする。 しかし、どんな状況だって、別に理想の境界条件が実現されるわけじゃないのだから、その範囲内で何がベストかということは、まじめに、積極的に、明るく、考えるべきなんだと思う。 なので、そういうことを答えた。

調子にのって「勉強ってなんのためにするの?」といった問いにも(問われてもいないのに)答えようとしていた。 もちろん、難問中の難問だろうが、前から漠然と思っていたようなことをはじめて明文化してしゃべってみた。 そのうち、ここにでも書いてみようかなとか思っています。


なんか、二日遅れで書いてますが、一昨日のセミナーについて。

後半のテーマは、「多体の非平衡定常状態における有効温度」。 果たして現在の定義がどこまで物理的に自然で、かつ普遍的な意味を有するものか --- については、セミナーのあともずっと議論のつづいたところ。 昨日も高麗さんとその話をした。

林さんと佐々さんが、Langevin 方程式でのきれいな結果に動機づけられて多体系での類似の関係の探索に乗り出したときは、何を求めるかという思想はかなり明確だったように思えた。 しかし、実際に(数値実験によって)その世界に深く踏み込んでいくと、実際の状況は当初予想したよりもはるかに複雑なものだったのだろう。 今の状況を傍目でみると、非常にうまく本質的なものが見えているように思わせる部分と、なにか混迷したところにひっかかっているように思える部分が、混在しているようだ。 あがいてもあがいても何も見えない --- というのとは明らかに違うが、思想としても物理としてもクリアーに物が見えている --- という状況には達していない。 これからどうなっていくかは、まさに、(今のところは)人智では測り知りようもない。

随分と大変そうだな、と思うかも知れないけれど、計算すれば答えがでることがあらかじめわかっているような「研究」とは話がちがうのだ。 混沌とした非平衡定常状態のなかから、なんとかして新しい普遍的な構造を見いだそうという真摯な模索なのだ。 一筋縄で簡単に正解がみつかってしまうはずがない。 それが本当の基礎研究というものだと思う。


で、ようやく今日のことですが、皆さんにとっては全くどうでもいいことですけど、一応書いておこう。

今夜の筋トレは、これまでで最高の「腕立て30,腹筋40,背筋40」。 Queen も聞かずに。 かつ、ばてばてにもなっていない。

こうやって、毎晩ちょっとずつ鍛えているだけで、人間の筋力というのはどんどん強くなっていく物なのですね。 スポーツをやっている人たちには当たり前なのでしょうが、ぼくは素朴にびっくりしています。 四十何年間か生きてきて、生まれてはじめて、自分の肉体を鍛えるということにちょっと(ちょっとだけですけどね)面白さを感じているといったところかな?  本人としてはかなり意外でおもしろい。


2/12/2004(木)

文学部入試の試験監督。

入試の日に大雪が降った年もあったのだが、今年は、春のように穏やかな快晴。 入試日和(びより)と言っていいのだろうか?

すでに十何回と場数を踏んでいるから(待てよ、昔は各年に二回やっていたからすでに二十回以上こなしている)かなり慣れているとはいえ、緊張するし、疲れる。 さらに夜更かし遅起きが定着しているので、定刻に学校に来るための早起きはつらい。

Raphael は大学の中の様子があまりにいつもと違うので驚いていた。 とくに試験中の異様な静けさは印象的だとのこと。


監督がおわり、今度は追試験(病気等で定期試験が受けられなかった学生さんのための代替テスト)の問題の作成。 たった一人のために、オリジナルな力学の問題をつくるのだ。 なんと贅沢できめの細かい手作りの教育!  問題文も手作り感たっぷりの手書きだ。
以上の作業を終了し、さすがのおいらも「脳がウニ」状態だが、ともかく Raphael と議論しよう。 もうすぐベルギーに帰っちゃうし。
2/13/2004(金)

理学部入試。

夕方から採点業務に。

夜、採点場を一時的に抜け出し、正門の前で Raphael に会う。 オフィスの鍵を受け取り、「Au revoir」と「さよなら」を交わす。

これで、今回の、三回にわたる Raphael の滞在は終わり。 Raphael は週明けにベルギーに戻る。 はじめに期待していた以上の実りある共同研究となった。

再び採点をして会場を出ると、霧雨のような雨が降っていた。 春の夜のような不思議な空気。


2/18/2004(水)

ここ二、三日、なんとなく体調が悪い。

まさか、またしても風邪をひきかけているのかと恐れたのだが、それにしては症状が進行しない。 ひょっとすると、花粉症のひとつの姿なのかも知れないと思い始めた。

以下のような状況なのですが、これって花粉症であろうか?

  1. くしゃみ鼻水はほとんど出ないが、咳がしょっちゅう出る。
  2. いちおう元気ではあるが、なんとなく、体がだるく頭と肩が重い。
  3. 筋トレもいつも通りにできて筋肉に痛みもないのだが、やっている間は普段よりばてる。
  4. 仕事はできる(non-hard core の driven lattice gas の摂動論の詳細を次々と詰めて、ほぼ最終形でどんどんまとめている)のだが、web 日記を書くのが妙に面倒。

2/21/2004(金)

「体調が悪い」と書いたまま更新がとだえていると、入院説、引退説、モンゴルに渡って英雄になった説、などが飛び交ってしまいかねないし、(不発な「つかみ」はともかくとして)素直に心配してメールをくださる方などもいらっしゃるので、ちょっと書いておきますね。

けっきょく「体調不良」は「不良」というほどのこともないまま、通り過ぎつつあると思います。 花粉症というのはそんな甘いものではない、とのご指摘もいただきました。 ともかく、順調に働いています。

non-hard core DLG の摂動計算は、相互作用の二次、外力のすべてのオーダーまで、完璧に定式化し、非平衡補正の漸近形も評価し終えました。 非平衡補正の絶対値の和が有限になることは予想通りで、これは、非平衡定常統計力学を夢見るものにはうれしいニュース。 一方、今の展開の範囲では二点相関関数にはいっさいの補正が入らないのは意外。 文献にある、二点関数での距離の -d 乗の減衰というやつは、今のわれわれの理論からはまったく見えない。 次のオーダーをやれば出てくるのか? 次のオーダーをどうやるかは理解しているけれど、なかなか、やる気になる計算ではないのだ。


2/24/2004(火)

先日、池袋の大きな本屋さんに行ったときに、

伊庭幸人著『ベイズ統計と統計物理』(岩波講座「物理の世界」)
を買ってきて、その日のうちに、ざっと読んでしまいました。

そうです。 かの有名な「物理の百円均一ショップ(3/2/2003)」の中の一冊であります。

しっかあし、百均ショップに置いてあるからといって、それだけで、安かろう(←安くないし)悪かろう、made in japan だ(←昔の意味で)、と決めつけることは、ない。

何を隠そう、講座の構成を聞いたときから、この一冊は秘かに愉しみにしていたのである。 よって、けっこう期待しつつ、真面目に読んでみたわけです。

以下、読後感を、だらだらとまとめてみました(←「だらだらと、まとめる」って矛盾してるね)


さて、著者の伊庭さんとぼくとは、大学院時代から互いに知っている、旧知の間柄である。

彼を一言で表現するのはむずかしいが、今の日本ではきわめて珍しいタイプの研究者であることは確実だ。 いつだったか、学会で、彼の話が終わったあとの立ち話で、「伊庭さんの講演に出てきた○○とは何か?」と質問したところ、即座に、「それを知らないのは知的怠慢である」との答えが返ってきたことがある。 (○○が何だったか、思い出せない。 今は知っていることだと願いたい。) はっきり言って、「知的怠慢」呼ばわりされたことって、ほとんどないわけで、こういう人は貴重だ。 日本人で(少なくとも、ぼくに対して)これくらいはっきりと物を言ってくれる人は、あとは佐々さんくらいしか思いつかない。 希有の人材である。

旧知の間とはいっても、この本を読むまで、彼の書いた物をまとめて読んだことはなかった。 そう言えば、いつだったか、仲間内の何かの会があって新宿のレストランで皆でお食事・歓談をしていたとき、隣に座っていた伊庭さんが、やおら書きかけの博士論文の草稿を取り出し、修正作業を始めたことがあった。 そのとき、「その博士論文ができたら読ませろ」と頼んだのだけど、けっきょく、もらえなかった気がする。


というわけで、以上の導入部で伊庭さんという人について一定のイメージをつくったところで、この本について。

一言で、ズバリというと、とてもよく書けています。

なんといっても、何を書きたいか、ということがはっきりしていて、何か(単に知識だけではない何かも含めてね)を伝えたいという著者の意気込みが生き生きと伝わってくる。 そして、すばらしいことに、文章がとてもうまい。

特にいいのが前書き。 せめてここだけでも本屋で立ち読みしてほしいものだ。 と書いたけど、著者のサポートページに、序文草稿というのが、ありました。 ま、座って読んで下さい。


どうです?

著者が何かを伝えたがっていること、そして、そのために、一生懸命に工夫をして知恵を使ってこの本を書いたということが、生き生きと伝わって来るではありませんか。 こういう風に、科学としてもしっかりとオリジナルな芯があり、しかも、それをノリのいい文章で伝えられる人というのは、本当に希有の存在ではないでしょうか。 あと、思いつくのは・・・、ほれ、あの人とかあの人とかあの人くらいじゃないかな、って、伊庭さんも含めてけっこう同世代が多いな。

さてと、実際、中身を読んでみると、前書きで宣伝しているだけあって、遺伝子の推定の問題や、氷のモデルの話など、具体例も面白く書けている。 とくに ice model の導入と説明での伊庭さんの筆のさえには、うならされた。 修士論文のテーマであり、氷の分子模型を冷蔵庫で冷やすほどに入れ込んでいた題材なのだから、知識が豊富なのは当然とはいえ、現実の系(=そこらへんにある氷)と理想化されたモデルの結びつきを語るバランス感覚には絶妙のものがあると思う。 今後、統計力学の本を書く人は、伊庭氏の ice model の記述を読み返し、自分はどこまでうまくやっているかを自問すべし。 はい、ぼくも、やります。

で、本題である、統計的推測と統計力学の関連、ということについても、きわめて明晰に書かれていて、ぼくとしては、正直にいって、新たに学ぶところが多かった。 すべてがクリアーに進む遺伝子の例をひな形にして出発し、そこから、事前分布の選択という悪夢の登場する一般の場合へと徐々に進んでいく構成も、うまい。

シリーズそのものを一貫して批判している私ですが、個別の本として、この伊庭さんの著書は人にすすめることができます。


と、ひたすらほめてきましたが、もちろん、私が田崎晴明である以上は、ほめるだけで終わりはしませぬ。

不満点も、いっぱい、あります。 (←読点が多いのは、別に、綿矢りさの、影響ではなく、もともとのスタイルです。)


まず、本の書き方としてのやや技術的なことかもしれないけど、やっぱり、全般的に説明が足りないと思う。 初心者も気楽に読めるように数式を減らした、というけれど、あまり減らしてしまうと、逆にわからなくなってしまう。

とくに、遺伝子の推定にベイズの公式を使うところは、この本を読む人すべてに理解してもらいたい要だと思うのだけれど、このさらっとした説明で本当に初心者にわかるのかな?  ぼくの経験によれば、物理の人たち(学生さんだけではなく、プロも)の確率論の理解はきわめて低い。 条件付き確率を p(x|y) とします、とか急に言われると、そこでとまどってしまって、けっきょくベイズの公式が自明の理だということを体得し損なう読者が多いんじゃないかと危惧する。 そこに神秘感を抱いたまま読み進むと、遺伝子の推測の場合、事前分布の選択を含めて、すべてが理想的に(かつ、論理的な曇りなしに)進んでいるということを把握できないだろうし、逆に、あとで事前分布をめぐる煩悩にもだえ苦しむあたりの切実さも看過されてしまいそうだ。

要するに、紙幅に余裕があれば、ここに「確率論入門」が入ってくるべきなのだ。 (やっぱり、小冊子という企画には無理があるのだよ。)

他にも、「もうちょっと詳しい一言」がほしいところは散見する。 この倍の分量にしろとは言わない。重い本になってしまうだろうから。 でも、せめて、1.5倍くらいはほしいと思いませんか?  そのあたりが、本当に真面目にこのレベルの内容の科学を伝えられる限界みたいな気がする。


内容に踏み込んだ不満も、あります。もちろん。

統計力学が、(基本的には)マクロな大自由度系のみを対象とする(そのため、大自由度性を積極的に利用する)体系である、という視点がみられない、というのが --- ま、お約束かも知れないけど --- ひとつの不満。 とはいえ、伊庭さんは、統計的推測と統計力学には似ているところもあれば、似ていないところもある、ということを明言しているわけで、別に似ていないところのすべてを列挙する必要があるわけじゃない。 このあたりは、エルゴード性の破れとか、考え始めると深みにはまるところなので、敢えて沈黙を守っていると解釈すべきだろう。

さらに内容に踏み込んでいくと、4.7 節の「統計物理はなぜ事前分布を必要としないか」に書いてることには全く不満です。 というより、ここに書いてあることは、まちがっていると思う。 (等重率の原理と、条件付き確率による推定における事前分布とを、どう対応させるか、という話は置いておく。) 古典論に等重率の原理を適用しようとして出会った困難(固体の比熱の低温での挙動とか、黒体輻射のエネルギーの発散とか)が、量子論の採用で救われた、というのは事実。 しかし、これは等重率の原理の正当性について本質的な問題とは無関係の話。 単に、自然のモデル化が大きく間違っていたのが修正された、ということに過ぎない。 量子論になっても、量子論の設定で、等重率の原理をアプリオリに仮定する必要がある。 その仮定はどうしても必要で、量子論になったからといって、ものごとがわかりやすくなるわけじゃないと思う。


ええと、長くなったので、そろそろ終わりにしよう。

前書きの最後の方で、伊庭さんは、

著者は,はじめて学ばれる方にとっては,初夏の午後の街路のように平穏に歩け,専門家にとっては,足下の影に目を落とせば忽ち迷宮に迷うような本が書きたかった.
と書かれている。 すてきな、そして、大胆な、目標だと思う。 こうやって、高い目標を掲げ、公言し、そして自分を追い込んで、いい仕事をする、という態度は好きです。

さらに、足下にさりげなく用意された、たくさんの「影」。 実際、この本の中には、たくさんの「罠」が仕組まれていて、専門家が落っこちるのを待っているのかも知れない。 ただ、ぼくのように、統計力学の方面のみに突出した「偏った専門家」にとっての最大の罠は、伊庭さんの用意した迷宮に迷って愉しむことではなく、数理統計学という学問の現状についての彼の余りに明快な説明に心から納得してしまうことかもしれないぞ、という気がしています。 「あ、数理統計。つまり、あの事前分布の呪縛から逃走しようとして、アドホックにあれする奴ね」みたいな浅薄な(そして、物理帝国主義丸出しの)しったかぶりに陥ってしまうことのないよう、自らを戒めなくてはと思う今日この頃です。


2/25/2004(水)

以下、ネタでも読み物でもなく、パーコレーションの文献に詳しい方への質問です。

ふらく太郎のネタと微妙に呼応するしかけがあるのだろう --- とか深読みしないでください。 一日中はたらいて、ふらふらで夜に書いているので、ネタを仕込む余裕もぼける余力も、もはや、ないのです。


普通の独立なパーコレーションの問題を考える(そうじゃなくても、いいんだけど)。

原点を含む連結クラスターのサイズが n 以上である確率を P(n) とする。 ちょうど臨界点では、これはべき的なふるまい

P(n) \sim n^{-\theta}
を示すと期待される。 \theta は一つの臨界指数である(いわゆる 1/\delta に対応)。

また、臨界点における連結クラスターは(確率1で有限な)フラクタル図形なので、そのフラクタル次元を D とする。

臨界点において、原点 0 と任意の格子点 x がつながっている確率を C(0,x) とする。 すると、いい加減な(つまり、物理としては普通の)スケーリング仮説から、これは、

C(0,x) \sim 1 / |x|^{ d - D(1-\theta) }
のように、べき的に減衰することが示される(臨界指数 \eta が \theta と D で書けるってこと)。 (付記:hyperscaling が成り立つときには、D と \theta は独立でなく、空間の次元 d と、D (1+\theta) = d という関係で結ばれる。 独立なパーコレーションなら、d < 6 で hyperscaling が成り立つと思われている。)
で、質問は、
上記の C(0,x) についてのスケーリングの関係は、どこに書いてあるだろうか?
ということ。 英語の論文に引用できるようなスタンダードな本やレビューがあれば、うれしい。

何故こんなことを聞いているかというと、実は、朝倉書店『フラクタル科学』p. 155 に、田崎晴明という人が、このスケーリングの関係式を書いているのですよ。 そして、それをご覧になった化学の実験の方が、溶液中でのフラクタルクラスターの散乱問題に、この式がちょうど使えることに気づかれ、この関係式の出所を尋ねてこられたのでした。

その方は最初、これがぼくのオリジナルな仕事かと勘違いされていたので、そのまま「これは世界的に有名な田崎のスケーリング則であーる!」と言ってもよかったのかもしれないけど(←嘘だよ)、どう考えても、こんなのは誰でも出せるし誰でも知っている常識的な式なので、その旨を伝えたのでした。 しかし、彼の業界では、これとは微妙に違う式(ということは、少なくとも、パーコレーションの臨界点では、誤っている式(何か、他の状況では正しいのであろう))が通用しているらしく、できれば、文献がほしいとのことでありました。 それは、もっともだと思うし、こういうときにちゃんと協力できるべきですよ。科学者どうし。

でも、おまえ自分で本に書いてるんだろ、『フラクタル科学』を書くときはどうしたんだよ --- って聞かれそうですが、なにせ昔のことで、あまり記憶がない。 どうも、誰でも知っている関係だと思って、別に文献は参照せず、書いたような気がする。

それで、昔の論文を調べていたら、

H. Tasaki,
Geometric Critical Exponent Inequalities for General Random Cluster Models,
J. Stat. Phys. 49, 841--847 (1987)
という「一発芸的な論文」の 845 ページの remark 2 にも、さりげなく問題のスケーリング則が書いてあるのを発見。 ちゃんと引用文献もついているので、みてみると、Stauffer の昔の教科書がひいてある。 というので、Stauffer を引っ張り出して眺めてみたのだが、どうも、似たような式は書いてあるけど、そのものずばりは、ない。 もちろん、スケーリング則の多くは同値だから、Stauffer に書いてある式をいじれば、上の関係になるのだろうけれど、化学の実験の方が引用するには、そういう言い方もあまり適切な気がしない。
というわけで、上の関係式が書いてある本やレビューはないでしょうか --- と皆さんのお知恵にすがっているわけです。

どうです、オチもネタもなかったでしょ?


2/26/2004(木)

昨日と今日は、物理学科の卒業研究と修士論文の発表会。 うちのように一年生からずっと少人数のクラスを教えていると、それぞれの学年の個性みたいなのが、かなりはっきりと出てくる。 卒業の頃になっても、やっぱり一年生の頃に感じたこの学年の雰囲気がやっぱりそのままだなあとか思うのだった。

今日は、発表会に引き続き会議。 さすがに疲れたので、もう寝よう。

明日もう少し雑用をすれば、再び自由な時間がかなり取れるはず。 アメリカに行くまでの時間をどう使うか、ちゃんと考えようっと。


2/27/2004(金)

西坂さん主催の安田涼平氏(←いま web page 発見!)のセミナー

記憶の分子メカニズムを探る --- 神経細胞のカルシウム依存性情報伝達と可塑性の可視化
に出席。 ど素人であることをいっさい気にせず、わからないことは質問しつつ聞く。 安田氏はノリのよい語り口で、実験結果を見せながら、神経細胞の微少な領域で起きている物語に、ものすごい勢いで肉迫していく。

面白かった。

いや、面白かったという以上に、愉しかった。

いや、面白かったという以上に、愉しかったという以上に、わくわくした。

いや、面白かったという以上に、愉しかったという以上に、わくわくしたという以上に、うれしくなった。

別に自分の研究テーマとの接点がどうのこうのというケチな話ではなく、自然科学を学んでいてよかったなあと素直に思える幸福な時間を過ごすことができた。


セミナーの内容は spine におけるカルシウムを利用したシグナリングのメカニズムなど。 ばんばん興奮させると、30分ほど depress した状態になることを見て、その中身にぐいぐいと踏み込んでいく。 ぼくのようなど素人にもわかりやすい明晰な話だった。 L, R 二種類のチャネルと spine 内のタンパク質の活性化ネットワークが関与した depressing のシナリオや、 depressing がすべてのチャネルにおいて同時に生じることをいかにしてゆらぎの解析から示すか、など、本質はきちんと理解したつもりだし、今でも正確に人に伝えることができる自信がある。

とはいえ、キーになるタンパク質の名前は、(セミナー中に質問したときは発話していたのだが)既に忘れたわけで、これは(さっき習った言葉だが)immediate memory というところに入っていたのであろう。 とすれば、上で理解したと書いた話の大筋も、数時間すれば忘れてしまう、というのが今日のセミナーで学んだ話なのかも。 内容は忘れようと、それを身をもって体感することができれば、またよいのかもしれない。


オチをつけた後ですが、もうちょっと。

セミナーを前の方で聞いていた人は、野地さんだったとセミナー後に知った。 主催者の西坂さんをはじめとして、すごいメンバーが集まっていたわけだ。

縁起でもないが、あそこで南一号館で爆発でもおこれば、生物物理の分野にとっては世界的な大打撃だったってことになるなあ。






あ、もちろん、統計物理の分野にとってもなっ!!


2/28/2004(土)

化学科の長沢さんの退職記念パーティー。


最終講義とパーティーのために学習院にいらっしゃった化学科 OB の T さんと初めてお会いする。 この T さんとは、以前に書いた(12/28/2003)"Say something" の話題を提供して下さった T さんである。 ぼくとは、メールのやりとりだけをしていた「メル友」なのだ。 今日の対面はプチオフ会ということになるのか?

また、T さんは、私が尊敬する 数少ない 物理学者の一人であるロゲルギスト T 先生のご子息でもあるのだ。 メールのやりとりをはじめた頃はそんなことは知らなかったのだが、そのうち、T さんが話のついでに「父も物理学者だった」とおっしゃって、さあて T という物理学者はたくさんいるけれど、ひょっとしてあの T 先生では、と思ったら大正解であった。

その T さんと色々な話題で盛り上がっていて、ぼくがある人の話を持ち出したら、彼は、

ああ、ポンちゃんね。知ってますよ。
と答えた。 さて、このポンちゃんとは誰か?

何を隠そう、昨日の日記に登場した安田さんの大学院時代の指導教授、また、西坂さんのポスドク時代のボスである、K さんのことなのだな。 K さんをよくご存知の方、一度「ポンちゃん」と呼びかけてみてはいかがだろうか?(自己責任で)


長沢さんのパーティーは、これまでにぼくが出席した退職記念パーティーの中で、もっとも大ざっぱで気楽なものだった。 スピーチをする人たちもリラックスしてそれぞれマイペースで楽しく話し、主賓の長沢さんが、スピーチに対して反論したり、おしゃべりしてスピーチを聴いてないなんてこともあった。 (T さんも、適切なヤジをいれて座をわかせていた。) 最後の長沢さんの挨拶なんかも、いやがって適当に切り上げたりと、長沢さんのキャラクターならではの大ざっぱな会となり、たいへん、よかった。

ぼくの定年まで、あと二十数年。

その間に修行を積んで、これくらい肩の力の抜けた退職パーティーをしてもらえるようになったら素晴らしいと思う。 自信家のぼくだが、さすがに、こればっかりはなかなかに困難な課題だと自覚している。

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田崎晴明
学習院大学理学部物理学教室
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