日々の雑感的なもの ― 田崎晴明

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茶色の文字で書いてある部分は、相当に細かい仕事の話なので、ふつうの読者の方は読み飛ばしてください。


2016/12/18(日)

なかなかどうしてあわただしい日々が続くのだが、一生懸命に時間を作り、朝から家を出て吉祥寺へ。学生時代によく仲間たちと過した街だ。

今日は昼からのライブを聴いた。

Play your days 〜 The music of KIRA and his favorites
この日記にも何度も登場しているプログレッシブロックのバンド ZABADAK の中心人物である吉良知彦氏の名前を冠したライブだ。そして、この日記にはたぶん書いていないのだが、吉良さんはこの七月に世を去ってしまった。ぼくと同じ学年だったからまだ 56 歳だった。まったく信じがたく、受け入れがたく、苦しいことなのだが、事実なのだ。実は 8 月に池袋のサンシャイン劇場で大々的におこなわれた「お別れの会」katamiwake にはぼくも出席し壇上で短い話をしたりもしたのだが、そういう話はまたの機会に書こう。ともかく、吉良さんの新しい音楽に触れることはもうできないし、かれがステージの上で仲間たちと音楽を生み出す瞬間を目撃することもできなくなってしまった。悲しいよ、吉良さん。悲しんでもなんにもならないのはわかっていて、ぼくにできるのは小峰公子さんを中心に続いている ZABADAK の音楽を聴き続けることなんだけど。

そういうことを書いているときりがない。無理に今日の話に戻そう。


今回のライブは、吉良さんがギタリストの鬼怒無月さんらと結成していた「キド・キラ・プラス」という(わりと適当な名前の)超絶技巧プログレをやるユニットのライブのはずだったのだが、主要メンバーの一人があっちに行ってて出られないので、バイオリンのメンバーを増やして結成した新しいバンドのライブなのである。タイトルを見ると亡き吉良さんを偲んでしんみりとやるのかという気がするかもしれないが、そんなことはなく、彼がいない分まで濃厚なプログレをバリバリにやろうという素晴らしい企画だった。

実際、ZABADAK の鉄板のプログレ曲、(アレア、ゴードンダンカンの)超絶技巧の難曲のカバーというメインディッシュだけでなく、意外なところで、ケイト・ブッシュ、ビートルズ、ピンクフロイドのカバーまで登場するという実に盛りだくさんの「美味しい」ライブだった。けっこう気合いをいれて並んだので(完全に満席で立ち見まで出たライブハウスで)前から二列目に座って、徹底的に堪能した。文句なく近年に聴いた最高のライブの一つだった。

カバー曲のアレアの『白い象』というのは、もう、ぼくなんかにはなんのことやらわからないくらいの難しい(しかし、ノリのいい)めちゃくちゃな楽しい曲だ。去年、NHK の FM で吉良さんを含む「キド・キラ・プラス」が生演奏した時の録音をもっていて何度も聴いてるんだけど、やっぱり、目の前で生身の人間が超絶技巧で演奏している姿を見ながら聴くというのはまったく別次元の体験だった。

既にたっぷりと聴き込んでいる ZABADAK の曲たちを吉良さん抜きのメンバーの演奏で聴くのは不思議な気持ちだ。最初のころはいちいち涙が出ていたのだが、今回は素直にのめり込んで楽しく聴けた。でも、何カ所か「あ、吉良さん、いない」と思うと涙が出そうになってんたんだけど。

ケイト・ブッシュ、ビートルズ、ピンクフロイドのカバーは、吉良さんも大好きな曲っていうことで選ばれたんだと思う。で、今回カバーした三曲は、当然のように、ぼくの iTunes のライブラリーに入っているわけで、やっぱり同世代で(もちろん、あちらはプロで、ぼくは中途半端な音楽好きだけど)かなり近い音楽を聴いて来たんだなあとか思ってしまう。そして、これら三曲の中でも、Kate Bush の、しかも "Wuthering Heights" を小峰公子さんが歌ったのが、ぼくには衝撃かつ感動だったし、けっきょく、この一曲がこのライブの中でもっとも心に残ってあとあとまで反芻されることになった。


Kate Bush がデビューしたのはぼくが大学に入った頃だったと思う。彼女の音楽は多くの人にショックを与えたと思うが、ぼくの場合、様々な意味で不安定でふわふわしていた人生のあの時期に「ちょっと年上の(色っぽくてきれいな)天才のお姉さん」の作品にありとあらゆる方向から打ちのめされてしまったようなところがあり、単に素晴らしい音楽という以上強い強い衝撃を受けたのだった。その後も彼女の作品は(時に離れることもあったが)ずっと聴いて来たが、やはり最初に聴いたデビューアルバム "The Kick Inside" が(ぼくの中で)占める位置は別格だなといつでも思う。そして、このアルバムを代表するのは何と言っても Kate の最初の大ヒット曲である "Wuthering Heights"(『嵐が丘』)、あの(不思議で怖い)小説を題材にした曲だYouTube へのリンク。あの頃から何度聴いたことか。娘も(もちろん、ぼくと妻の影響で) Kate の音楽が大好きだが、大きくなった彼女に最初に聴かせたのもこの曲だ。

そんなわけだから、今日のライブで公子さんが『嵐が丘』を歌うと曲紹介したときにはうれしい驚きの気持ち(←プログラムが配布されていたけどわざと見ていなかった)と同時に軽い不安も胸をよぎった。これはぼくにとって特別な曲だし、19 歳の Kate が歌うオリジナルのバージョンを本当に何度も何度も何度も聴いて来た。あまりに原曲のイメージが濃厚なので、いくら大好きな公子さんのボーカルでも、やっぱり違和感を感じてしまうんじゃないだろうか、心から楽しめないんじゃないだろうか?

しかし、曲が始まると、そんな不安は完全に消えてなくなっていた、ていうか、そんなこと忘れきっていた。

ほんとうに素晴らしいカバーだった。バンドの演奏が完璧なのは当然だが、公子さんは徹底的に歌い込んだ素晴らしいボーカルを聴かせてくれた。かつて天才少女 Kate が歌って録音した歌とは似ているようだがやはりまったく違う、時には少女のようであり大人の女性でもある小峰公子が生み出すなにかもっと大きな広がりをもった「新しい歌」だった。これまでの人生でもっとも心を震わせる "Wuthering Heights" だった。そして、歌う公子さんの姿の美しかったこと。可愛らしい少女のような表情を浮かべるかと思うと、彼女の本来の美しい姿に戻る。聞き惚れ、見とれながら、もっと長く続けてほしい曲が終わってほしくないとひたすら願いながら至福の時を過した。

この曲の中盤の

Ooh, it gets dark, it gets lonely
On the other side from you
という部分がすごく好きだ。既にこの世の者ではないキャサリンが愛するヒースクリフのいない「あちら側」から狂おしく歌う。公子さんはしっかりとぼくらの目の前にいてこの部分を歌いながら「こちら側」から姿を消してしまった愛する人のことを思っていたのだろうか。
2016/12/23(金)

朝日新聞の web メディアである WEBRONZA というところに(依頼されて)今年のノーベル物理学賞の解説を書いた。

12 月 2 日に朝日新聞のサイトで掲載されたけれど、それはお金を払って登録している人じゃないと途中までしか読めないしかけだった。 掲載から三週間たてば自分で公開していいということだったので、ここに公開します。よろしければ、ご覧ください。

今年のノーベル物理学賞のどこがすごいのか?

「無数の単純な要素が生み出す物語」を読み解く理論

田崎晴明

WEBRONZA 2016 年 12 月 2 日

最後は、ぼくの大好きな甲元さんとのことをちょっと書いてみた。この写真もほんとうに懐かしいのだ。

甲元さんのこと、あるいは、甲元さんやぼくがアメリカから日本に研究の場を移したあとがどんな風だったかといった話を始めるときりがないし、ま、やっぱりやめておこう。


実は、この記事はぼくにしてはかなり苦労して時間をかけて書いた。

そもそもスペースがかなり限られている(これでも字数はちょっとオーバー気味)し、そもそもかなりマニアックで専門的な内容なのに、一般向けに書かなければならないので苦労した。あと、いろいろな人が読むものである以上、文脈から察して読み取ってもらうような書き方はなるべく避けていろいろなことを明示的に書いている。

これを書くにあたって(物理学科の先輩でもある)朝日新聞の高橋真理子さんに何度も添削してもらったのだ。最近、ぼくの文章にダメ出しをしてくれる人はほぼ皆無なので、これは本当に貴重な体験だった。最初に書いたバージョンは、もっとぼくのカラーが濃くて、紹介の内容も偏った(そういう意味では面白い)解説だったんだけど、高橋さんの優しくも厳しい指導の賜物で、ちょっと優等生的だけとバランスのとれた記事になったと思っている。


[WebRonzaRanking] ところで、WebRonza には各記事が何回読まれたかの人気ランキングがある。

記事を書いた時はそんなことはまったく知らなくて掲載されてから知った。そして、高橋さんが「今年のノーベル物理学賞のどこがすごいのか?」という、ちょっと品がない、しかし人目を引くタイトルをつけた理由もようやくわかった。ランキングを上げるには、要するに、タイトルを見て中身に興味をもってもらってクリックしてもらうのが最善。となれば、タイトルが大事なのだった(あと、タイトルの横に出るぼくの笑顔も・・・)。

ところが、ぼくの記事が掲載されたころ、WebRonza のランキングの 1 位は『タワマンの階層カーストは本当にあるのか?』という記事だった。 なんと気になるタイトル! ノーベル賞のことを知りたいなと思う人だってこんなタイトルを見たらついクリックしてしまうではないか。というか、ぼくもしてしまった!

ということは、たとえぼくの記事を読んでくれた人がいてぼくの記事のページビュー数が増えても、そのついでにランキングをみれば「お、これはなんだ?」と『タワマンの階層カースト』の記事もクリックしてしまうだろうから、そっちのページビュー数も同じだけ増える。決して差は縮まらず、ぼくの記事は決して 1 位にはなれないことが証明されてしまった・・・

はずなのだが、まあ、証明には穴があったようで、公開の翌日の午前中には(短時間だったけど)めでたくランキング 1 位を取ることができました。みなさん、ありがとうございます。


2016/12/31(土)

大晦日だから一年を振り返る必要もないのだが(そして、これを書いてるのは実は正月なのだが)、ま、軽く近況を振り返っておこう。

最近のぼくの状況をひとことで言えば「余裕がない」ということに尽きる。だいたいこの「日記」にしても急激に書けなくなってしまって「週記」、「月記」を通り越して「季記」くらいのレベルになってしまった。こういった雑文を書くのに別に大した時間をとるわけじゃないし、Twitter なんかの書き捨てとは違ってちゃんと後に残ってけっこうな数の人に読んでもらえるんだからちょっと時間を割いて書けばいいと思うんだけど、その「ちょっと」が確保できないのだなあ。別に(たいへんありがたいことだと思うけれど、少なからぬ大学の教員とは違って)大学の雑務が猛烈に忙しくて時間がとれないというわけじゃないのだ。たしかに学生相談室長(←これは単なる雑用ではなく教育機関である大学にとって本質的に重要なお役目だと考えている)に関連する仕事で時折たいへんに気を使うことはあるのだけれど、それにしたってずっと日記を書かない言い訳になるレベルの仕事ではないなあ。

要するにぼく自身の心の持ち方に余裕がなくなってしまっているというこに尽きると思う。一方で、やりたいことはどんどん増えるばかりだ。研究のほうは憧れや野望や夢想はいくらでもあるがなかなか実現できるものでもないから「やりたい」という気持ちだけが宙に漂っている感じ。「計画」って感じではないよね。一方、書きたい本の構想がどんどん湧いて来ていて、こちらは(研究とは本質的に違って)時間と労力をかければほぼ確実に実現可能なので、具体的な計画になりうる。こういう計画が増えていて、それぞれ、しっかりと考えられたオリジナリティーの高いものだから、構成を練り具体的なことを色々と工夫して考えていると楽しいし充実するのだけれどそれだけでは計画は進まない。どうもそういう無駄な時間を使っているような気もするし、いや、やっぱり本当にいいものを生み出すためにはそうやって無駄とも思える時間を使って練り上げるべきなんだ、いやいや、そんなことしてたら寿命が来てしまうではないか、などと思っているあいだにも時間が過ぎて行く。やれやれ。

ま、そんなわけでいかにも能率の悪い一年で論文も書けなかったなあと思っていたのだけれど、調べてみたら、2016 年のあいだに Physical Review Letters に二編(うち一編が単著で一編が共著)、Journal of Statistical Physics に二編(うち一編が単著で一編が共著)の論文を出版しているようなので、それほど悪い成績じゃなかった(とはいっても、単著の二つは昨年からの持ち越しだから、やっぱりダメかな・・)。

特に、白石さんと斉藤さんが進めていた熱機関の効率と仕事率についての(とてもいい)仕事の仕上げに貢献することができて共著者に加われたのは幸運だった。これは数理的にもエレガントだし、物理としても重要で本質的な結果なので(ぼくの貢献はそんな大きくないけれど)たいへん気に入っているのだ。そうか、これについては Twitter に連続で投稿してそれなりにちゃんとした解説を書いたんだから、また、ここにもまとめておかねば。


大晦日は例年通り息子とふたりで、きんとんを作る。低温で二時間も三時間も芋と砂糖の混合物を練り上げ、例年にも増して黄金色に輝くおいしいきんとんができた。しかし今年も作り過ぎたな・・

さらに、人並みに紅白もちょっとだけ見る。林檎ちゃんと、Perfume と、聖子ちゃんくらいだけど。椎名林檎は『青春の瞬き』を歌う。ベースが亀田誠二ではないかと思って見ていると、なんと、懐かしい東京事変第二期のメンバーたちが揃っていた。林檎のアカペラで始まり、途中でバンドが入ったところで亀田さんのベースで泣いてしまったよ。かれらのステージを何度も何度も見てきたからね。


というわけで(?)、なんのまとまりも結論もないけれど、来年もこの調子でばたばたと余裕なく暮らして行くのだと思います。

みなさま、どうかよいお年を(って書いてるけど、もうお正月なんだよね)

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田崎晴明
学習院大学理学部物理学教室
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