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公開: 2011年8月3日 / 最終更新日: 2011年8月3日
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放射線と原子力発電所事故についてのできるだけ短くてわかりやすくて正確な解説

半減期の数学・ベクレルとモル数

これは、理数系の読者( \(\lim_{N\uparrow\infty}\{1+(x/N)\}^N=e^x\) だと知っているくらいの理数っぽさの人)を対象にした、半減期についての簡単な解説。 ついでに、「1 ベクレルって何モルくらいなのか」ということも考える(こういう解説を書くのは気楽でいい)。

このページの目次

不安定な原子核の崩壊

半減期

ベクレルと原子核の個数・モル数

不安定な原子核の崩壊

本文の「半減期について」で説明したように、不安定な原子核は、純粋に確率的に、一定の割合で崩壊して別の原子核に姿を変える。 これをきちんと数学的にあつかってみよう。
まず、たった一つの不安定な原子核のふるまいを考える。

本文では、「各々の原子核が1 秒間に一回ずつ『運命のルーレット』を廻し『00』が出たらすぐに崩壊する」という喩えを書いたが、これをもっと精密にしよう。 そもそも自然界には「1 秒」などという単位はないから、原子核が「1 秒に 1 回」というルールに従うはずはない。 正確に言えば、「崩壊の確率が微小時間に比例する」ということだ。 わかりにくいので、式で書こう。

時間を実変数 \(t\) で表わす。また、変数 \(\varepsilon\) を正の時間間隔(気持としては、短い時間間隔)を表わすのに使う。

「時刻 \(t\) まで崩壊せずに生き残っていた原子核が、時刻 \(t\) と \(t+\varepsilon\) のあいだに崩壊する確率」を考える。これを \(D(\varepsilon)\) とでも書こう(崩壊 = decay なので \(D\) にした。また、\(D\) は \(t\) に依存しないことを知っているので、それを先取りしてこのように書いた)。

時刻 \(t\) と \(t+\varepsilon\) のあいだの \(\varepsilon\) の時間のあいだに、原子核は「運命のルーレット」を何度かまわすだろう。その回数は、時間間隔 \(\varepsilon\) に比例する。だから、崩壊する確率も \(\varepsilon\) に比例することになる。 つまり、原子核の種類だけで決まる正の定数 \(\gamma\) があって、 \[D(\varepsilon)=\gamma\,\varepsilon\] ということになる。 確率 \(D(\varepsilon)\) は明らかに無次元(単位がない)だから、定数 \(\gamma\) は時間の逆数の次元(単位)をもっていることになる。たとえば、1/s という単位で表わすことにする。

ところで、よく考えると、上の \(D(\varepsilon)\) の表式は正しくない。 \(\varepsilon\) をどんどん大きくしたら、右辺が 1 を越えてしまうからだ。もちろん確率は決して 1 を越えない。 こういう不都合が生じたのは、「\(\varepsilon\) は短い時間間隔」ということを式に取り入れなかったからだ。 それをちゃんと表わすためには、上の表式を、 \[D(\varepsilon)=\gamma\,\varepsilon+O(\varepsilon^2)\] と変更すればいい。 \(O(\varepsilon^2)\) はランダウの記号といって、「\(\varepsilon\) が小さいとき、\(\varepsilon^2\) と同程度かそれより小さい量」を表わしている。 よくわからなくて、詳しく知りたい方は、この節の最後に挙げる文献を参照(気にしない人は、単に「\(\varepsilon\) はめっちゃ小さい」と思って、\(O(\varepsilon^2)\) のことなど忘れればいい。そういう書き方の本も多い)。


さて、時刻 \(t=0\) で存在した不安定な原子核が時刻 \(t\ge0\) まで「生き残っている」確率を \(p(t)\) としよう。 この確率を求めるのが当座の目標だ。

まず、\(p(\varepsilon)\) は「時刻 \(0\) と \(0+\varepsilon\) のあいだに崩壊しない確率」だから、 \[p(\varepsilon)=1-D(\varepsilon)=1-\gamma\,\varepsilon+O(\varepsilon^2)\] と書ける(最後は\(-O(\varepsilon^2)\) ではないかと思うかもしれないが、これは「小さい量の総称」なので符号は気にしないでいいのだ)。 同じように、 \(p(2\varepsilon)\) は「時刻 \(0\) と \(0+\varepsilon\) のあいだに崩壊せず、かつ、時刻 \(\varepsilon\) と \(\varepsilon+\varepsilon\) のあいだに崩壊しない確率」だから \[p(2\varepsilon)=\{1-D(\varepsilon)\}^2=\{1-\gamma\,\varepsilon+O(\varepsilon^2)\}^2\] になる。 明らかに、同じ事を何度もくり返せそうだ。

\(N\) を正の整数とし、\(t=N\varepsilon\) と書く。上とまったく同じ考えから、 \[p(t)=\{1-D(\varepsilon)\}^N=\{1-\gamma\,\varepsilon+O(\varepsilon^2)\}^N =\biggl\{1-\frac{\gamma\,t}{N}+O\Bigl(\frac{1}{N^2}\Bigr)\biggr\}^N\] とできる。 ただし、最後の変形で \(\varepsilon=t/N\) を使った。

ここで \(\varepsilon\) はまったく任意だったことを思い出し、\(t\) を固定したまま \(\varepsilon\downarrow0\) とする極限をとる。\(t\) を固定したまま \(N\uparrow\infty\) とすると言ってもいい。 すると、 \[p(t)=\lim_{N\uparrow\infty}\biggl\{1-\frac{\gamma\,t}{N}+O\Bigl(\frac{1}{N^2}\Bigr)\biggr\}^N =\lim_{N\uparrow\infty}\Bigl(1-\frac{\gamma\,t}{N}\Bigr)^N =e^{-\gamma\,t}\] というきれいな結果が得られる。 二つ目のイコールで \(O(1/N^2)\) が消えたのは、この手の極限の標準的な評価(展開して評価すれば証明できる)だが、「そもそも \(O(1/N^2)\) は小さい量なので考えなくていい」と思うことにした人にとっては自然だろう。 三つ目のイコールは、言うまでもなく、このページの一番最初に引用した指数関数についての公式である。


次に、数多くの同じ種類の不安定な原子核が集まっている状況を考えよう。 まず、時刻 \(t=0\) には \(N(0)\) 個の不安定な原子核があったとする。 これが崩壊して減っていくわけだ。 時刻 \(t\) での原子核の個数は確率的にゆらぐので、期待値を \(N(t)\) とする。 \(N(0)\) 個の原子核の一つ一つが、時刻 \(t\) まで生き残る確率が \(p(t)\) なので、明らかに(というか、これが明らかでない人は確率の復習をしてください)\(N(t)=p(t)\,N(0)\) となる。 上の結果と合わせれば、 \[N(t)=N(0)\,e^{-\gamma\,t}\] が得られた。 つまり、不安定な原子核の総数は、時間とともに指数関数的に減衰していくのである。 これが、放射性物質の崩壊についての基本的な法則だ。

なお、原子核の個数が十分に大きいときには、確率的なゆらぎが小さくなるので、\(N(t)\) を「不安定な原子核の個数」とみなすことができる。


ここでは、指数関数についての \(\lim_{N\uparrow\infty}\{1+(x/N)\}^N=e^x\) という関係(というより、高校数学では定義かな?)にもとづいて指数的減衰を導いた。 同じことは、微分方程式という考えでも導けるし、そのほうが色々な意味で見通しがよい。 この例題を通して微分方程式(という実に強力な数学の「言葉」)を学びたいという方は、ぼくが web 上で無償で公開している(でも、本格的な)数学の教科書
数学:物理を学び楽しむために
をご覧になることをおすすめする(別に無料だからと言って怪しい勧誘ではないですよ)。 第 4 章が微分方程式の入門で、最初の例として、放射性物質の崩壊をあつかっている。

上で出てきたランダウの記号については、3.1.2 節に詳しい説明がある。

半減期

半減期 \(\tau\) を、\(N(\tau)=N(0)/2\) が成り立つ量と定義しよう。 文字通り、不安定な原子核の個数(の期待値)が半分になるまでの時間だ。 上の \(N(t)\) の表式を代入すれば、\(N(0)\,e^{-\gamma\,\tau}=N(0)/2\) ということになるから、\(e^{-\gamma\,\tau}=1/2\) である。両辺の自然対数をとって整理すれば、 \[\tau=\frac{\log2}{\gamma}\] となる(ぼくの書くものでは、\(\log\) はすべて自然体数。電卓では LN という奴です)。 定数 \(\gamma\) を 1/s の単位で表わしてあれば、ここでの半減期は s(秒)で表わされていることになる。

半減期の重要な性質をみておこう。 \(t\) を任意の時刻とする。\(N(t)\) の最終的な表式から、 \[N(t+\tau)=N(0)\,e^{-\gamma\,(t+\tau)}=N(0)\,e^{-\gamma\,t}\,\,e^{-\gamma\,\tau}=\frac{N(t)}{2}\] となることがわかる。 つまり、どんな時刻から測り始めても、半減期 \(\tau\) だけの時間が経過すると、不安定な原子核の個数(の期待値)はちょうど半分に減衰するのだ。

ベクレルと原子核の個数・モル数

以上の考察を踏まえて、ベクレルで総量が表わされている不安定な原子核の集まりを、原子核の個数やモル数で表わすとどうなるかを考えてみよう。 これは色々な意味で教育的な練習問題だ。

同種類の不安定な原子核が \(N\) 個あるとしよう。 ここから時間が \(\varepsilon\) だけ経過すると、平均で \(N\,D(\varepsilon)=\gamma\,N\,\varepsilon+O(\varepsilon^2)\) 個の原子核が崩壊する。 もちろん、 \(\varepsilon\) が小さいときは \(O(\varepsilon^2)\) は無視してよいので、単位時間あたりに崩壊する原子核は \(\gamma\,N\) 個である。 減衰の定数 \(\gamma\) を 1/s の単位で表わすことにすれば、 \(\gamma\,N\) が 1 秒間に崩壊する原子核の個数の期待値ということになる。

さて、1 ベクレル(1 Bq)の放射性物質があると、1 秒間あたり平均で 1 回の不安定原子核の崩壊がおきる(これがベクレルの定義だった。ミニ解説「ベクレル・グレイ・シーベルト」を参照)。 よって、1 ベクレルに対応する原子核の個数を \(N_\mathrm{B}\) とすると、\(\gamma\,N_\mathrm{B}=1\) が成り立つことになる。 これを解き、また、(秒で表わした)半減期 \(\tau\) と減衰の定数 \(\gamma\) の関係を使うと、 \[ N_\mathrm{B}=\frac{1}{\gamma}=\frac{\tau}{\log2}\simeq 1.44 \times\tau \] が得られる。 さらに、これをアヴォガドロ定数で割れば、1 ベクレルに対応する物質量(モル数)\(n_\mathrm{B}\) が、 \[ n_\mathrm{B}\simeq\frac{\tau}{6.02\times10^{23}\times\log2}\simeq 2.40\times10^{-24}\times\tau \] であることがわかる。


具体例をみよう。 セシウム 137(137Cs)の半減期は約 30 年である。 これを秒に換算して、上の表式に代入すると、 \[ N_\mathrm{B}\simeq 1.44\times(30\times365\times24\times60^2)\simeq1.4\times10^9,\quad n_\mathrm{B}\simeq2.3\times10^{-15} \] となる。

これが(少なくとも通常の化学・物理の常識からすると)圧倒的に小さな量であることに注意しよう。 たとえば、「10 万ベクレルのセシウム 137」といっても、原子核の個数なら \(10^{14}\) 個のオーダー、物質量なら \(10^{-10}\) モルのオーダーということになる。通常の化学的手法で検知するのはほとんど不可能な量だと言っていいと思う(化学的方法で見えない物も、放射線を測定することで量が測れるのである)。

だからといって、「ベクレルで測って大量にあるように思っても実際は微量なのだから安心だ」と思ってはいけない。 化学的には検出できないレベルの量の放射性物質が、実際に、体に致命的な影響を及ぼすことは可能なのだ。 これは、この解説でくり返し述べているように、化学反応と核反応とではエネルギーのスケールが圧倒的に異なっていることの一つの現れなのである。


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