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公開: 2011年6月18日 / 最終更新日: 2012年1月16日

放射線と原子力発電所事故についてのできるだけ短くてわかりやすくて正確な解説

放射線とか放射能ってなに?

このページの目次

放射線、放射性物質、放射能

放射線の一部は壁を通り抜ける

原発事故による被ばく

今、話題になっている「高い放射線量」って?

1960 年代の放射能汚染はもっとひどかったと聞くけど?

「放射能」はうつらない

放射性物質も放射線も、自然にもともとあった。とは言っても・・

放射線と放射性物質の物理について知っておいたほうがいいこと

半減期について

放射線、放射性物質、放射能

たとえばラジウムという物質からは「目に見えない何か」がものすごい速さで飛びだしている。 目には何も見えないけれど、そばにガイガーカウンターやシンチレーションカウンターという装置を置くと(数字が表示されて)「何か」が来ていることがわかる。 目には見えないけれど、たくさん浴びると体に害がある。

この「目に見えない何か」を放射線という。 ラジウムのような、放射線を出す「もの」を放射性物質と呼んでいる。 よく目にする「セシウム 137(137Cs)」とか「ヨウ素 131(131I)」とかいうのは(今回の事故では)代表的な放射性物質の名前だ。

放射線についてもっと詳しく知りたい方は、あとで付属の解説「原子・原子核・放射線」をどうぞ。

人が放射線をあびることを「被ばくする」という。漢字は「被曝」。 爆弾にやられることを表わす「被爆」と似ていて読み方も同じ「ひばく」なので、ややこしい。このページでは「被ばく」と書く。

被ばくには大きくわけて二種類ある。 体の外にある放射性物質から出ている放射線を浴びることを外部被ばくという。 これに対して、放射性物質を(空気といっしょに吸い込んだり、水や食べ物といっしょに飲み込んだりして)体に取り込み、体の内側から放射線を浴びることを内部被ばくという。

放射能という言葉もよく聞く。 本来の意味は「放射線を出す能力」ということ。 だから、「放射性物質」=「放射能をもった物質」ということになる。

ただ、放射能という言葉の使い方はいい加減で、いろいろな意味で使われる。 たとえば、「放射能を帯びたガレキ」とかいうときには「放射性物質がまざっているガレキ」という意味。 困るのは、「原発から放射能がもれている」みたいな言い方。このときには、「原発から放射線が外にでている」という意味と「原発から放射性物質が外にでている」という意味の両方が考えられる。実は、この二つの意味は大ちがいなので、こういう言い方はやめてほしい。 なので、このページでは放射能という言葉は使わないことにする。 どこかで目にしたときは注意してどういう意味で使っているか考えてほしい(←めんどうな話ですが)。

放射線の一部は壁を通り抜ける

放射線にはいろいろな種類があるが、ガンマ線と呼ばれるものは、レントゲン写真に使う X 線の仲間(というより兄貴かな?)なので、いろいろなものを通り抜ける。 放射性物質で汚染された地面からガンマ線が出ていると、それは家の壁を通り抜けて家のなかに入ってくる。 なので、残念ながら、家のなかにいてもガンマ線を被ばくすることになる。

ただし、家の壁はある程度はガンマ線を弱めてくれる。 どれくらい弱まるかは、壁の厚さと壁をつくっている物質の密度(重さと思っていい)で、だいたい決まる。 重いほどガンマ線は弱まる。 たとえば、コンクリートの 10 センチくらいの壁ならガンマ線は 3 分の 1 くらいに弱まる。 木の壁だとそれほどの効果はない。

原発事故による被ばく

事故をおこした福島第一原発からは、強い放射線が出て、ものすごい量の放射性物質が出てきた。 事故から半年近くがたって、これらの放出はかなり収まっている。

放射線は、ものすごいスピードで飛び出ているからおそろしい気がするが、空気のなかを進むうちにどんどん弱くなることがわかっている。 なので、一般人は原発から直接でている放射線の心配をする必要はない(原発で作業している人たちにとっては重要なことなので、そこがきちんと管理されているかみんなで心配しましょう)。

一方、原発から出てくる放射性物質のほうは、要するに普通の「もの」なので、風に乗って遠くまで運ばれていくことがある。 実際、3 月には 200 キロ以上離れた関東までかなりの量の放射性物質が運ばれてきた。 放射性物質は(主に雨とともに)地面に降り注ぎ、その一部は今でも残っている。

だから、原発から遠いところにいても、放射性物質が飛んでくれば被ばくする。 その場合の被ばくには、

の二種類がある。

原発から放射性物質が大量放出された直後は、空気に含まれている放射性物質を吸い込む危険が大きい。 また、空気中に多くの放射性物質が漂っているときに雨が降ると、放射性物質が雨といっしょになって地面に降りてくる。今後も、万が一のときには雨に注意する必要がある。

それ以外の時には、地面からの放射線の外部被ばくと、地面からホコリとして舞い上がった放射性物質を吸い込むことによる内部被ばくを心配すべきだ。

また、別の形の被ばくとして、

ということもある。

これらがどれくらい危険かは「放射線って体に悪いの?」でとりあげる。

今、話題になっている「高い放射線量」って?

[gamma from Ground] 事故から一年近くが経っても、原発を中心とした広い範囲で、平常値よりも強い放射線が観測されている。 東京での放射線量は高くはないが、それでも少なくとも通常の倍くらいはあるようだ(たとえば、新宿のビルの屋上のモニタリングポストでは、今は毎時 0.06 マイクロシーベルト程度だが、事故の前は毎時 0.03 マイクロシーベルトくらい。地面の近くではこの倍くらいの線量が観測されるようだ。なお、「毎時○○マイクロシーベルト」というのは、次のページの「放射線の強さ:シーベルト毎時」という項目で説明する)。

この余分な放射線は、ほとんどが地面にくっついている放射性物質から出ていると考えていい。 放射線の強さは地上から 1 メートルとか 18 メートルといった高いところで測っているし、「大気中の放射線量」と書いてあることもあるので、空気中の放射性物質を見ていると思いがちだ。 でも、(少なくとも今は)そうではないのだ。

放射線の強さを測るときは普通はガンマ線の強さを測ることになっている。 ガンマ線は空気中を数十メートルは進むので、見晴らしのいいところで測定しているときは、数十メートルの範囲の地面から放出されるガンマ線の強さを足しあわせたものを見ていることになる。 「ちょうどこの場所でのガンマ線の強さ」というわけにはいかないのだ。 このあたりの事情はけっこうややこしい(理系の大学一年生くらいの数学と物理を知っている人は、ぼくの書いた「ベクレルからシーベルトへ」という解説を読むと面白いかも。ちょっとむずかしいけど)

具体的に、どれくらいの汚染があるとどれくらいの線量になるかは、解説「地表のセシウムによるガンマ線の空間線量率」にまとめてある。

3 月に原発から放出された大量の放射性物質の一部は風に乗って遠くまで運ばれ、主に雨といっしょに広い範囲の地面に降り注いだ(もっと多くが海に降り注いだと考えられる)。

原発から 200 キロ以上離れた東京にもかなりの量の放射性物質が降り注いだことがわかっている。 このときの放射性物質が今でも地面にくっついていて、あちらこちらでの放射線量を高くしているのだ。 その後も原発からは放射性物質が少しずつ出ていたと考えられるけれど、やっぱり 3 月に降ってきた分が大きい。

放射性物質のうち、(一頃すごく話題になった)ヨウ素 131(131I)のように半減期の短い放射性物質はすでに崩壊してほとんどなくなっている(「半減期」は放射性物質が減っていく目安の時間。詳しくは、この下で説明する)。 しかし、セシウム 134(134Cs)やセシウム 137(137Cs)のような半減期の長い放射性物質は残っている。 とくにセシウムは土の粒子の表面にしっかりと付着しているので雨が降った程度では流されていかない。 土が入れ替わらないかぎりは、セシウムはずっと地面に残り、長いあいだ放射線を出し続ける。 減衰の仕方を計算すると(まったく除染をせず、また、セシウムのついた土が流れていかないとして)、放射線量は 2 年で当初の約 6 割、3 年で約半分まで弱くなる。 その後の減り方はゆっくりになり、10 年で当初の約 4 分の 1、おおよそ 40 年近で 10 分の 1 になる(詳しい計算を知りたい人は、理系向けのミニ解説「セシウム 137 と 134」をどうぞ)。

「原発がおとなしくなりさえすれば放射線も弱くなる」と思っている人がけっこういると聞いた。 ファンタジーなら「悪の根源」が退治されればすぐに世界中が平和になるのがお約束だから、そう思いたくなる気持もわかる。 しかし、上の説明からわかるとおり、各地での高い放射線量は原発の今の状態とは関係がない。 (これは残念ながらあり得ないことなのだけれど)原発が今すぐ冷温停止したとしても、それだけでは放射線は弱くならないのだ。

放射線を弱くするには、放射線を出している元をなくすしかない。 具体的には、表面近くの土や植物の葉っぱなど、放射性物質がこびりついてしまったものを、人が来ないところにもっていくか、地面の少し深いところに埋めてしまえばいい。 あるいは、コンクリートの地面や建物の壁をデッキブラシでゴシゴシとこすると放射性物質が取り除かれるという話も耳にした(実際、どれくらい有効なのはぼくは知らない)。

こういった「除染」が上手に進めば、子供にとっても安全な環境を作り出せる可能性がある。 是非ともみんなで応援しよう。 なお、除染にあたる人は放射性物質を含んだホコリを吸い込まないよう細心の注意が必要だ(本当に汚染のひどい地域の除染はプロの仕事)。

また、地方自治体で、どういった状況でどのような除染が有効かをきちんと整理し、各地での除染を援助する試みが始まっているようだ。 こういう活動は、国が中心になって、徹底的にお金をかけて進めるべきだ。 ただし、「この事故って・・」のページの「やばいです」にも書いたが、除染のあと、取り除いた放射性物質をどこに保管するかが重要な問題になる。 これについては、政府に早急に対策をとってもらわなくてはいけない。

1960 年代の放射能汚染はもっとひどかったと聞くけど?

1950 年代以降、米国やソ連が核爆弾をたくさん作り、実験のために大気圏内でどんどん爆発させた。 そのために大量の放射性物質が世界中にばらまかれ、日本にも降ってきた(他にも放射線や放射性物質に関わるさまざまな害が生じたが、ここではそこまでは話を広げないことにしよう)。

「1960 年代の放射性物質での汚染は、今回の福島の事故での汚染よりずっとひどかった」という話をする人がたまにいる。 だから心配はいらないというわけだ。 いろいろな人から聞くので、それなりに広まっているみたいだ。

しかし、残念ながら、この説はまったく正しくない。ただの勘違いだと思う。

たとえば東京でどうだったか? データを比べると、核爆発実験の時代に何年もかけて降り注いだのと同じくらいの量の放射性セシウムが、今回はほとんど一日で(!)降り注いだことがわかる。総量は同じくらい。だから「一日分」の量はすごく多いということになる(だからといって東京の人が大ダメージを受けるというわけじゃないですよ)。

原発から 200 キロ以上離れた東京でこれだけの降下があったわけだから、もっと原発に近いところではもっとひどい汚染があったはずだ。 それが住んでいる人たちの健康にどう影響するかは、「放射線って体に悪いの?」でじっくりと考える。

いずれにせよ、「1960 年代はもっとひどかったのにみんな平気だったんだから、今度も大丈夫」という説明を軽々しく真に受けてはいけないだろう。

一方、「昔に比べてたくさんの放射性物質が降ったから、被害はすさまじいはずだ」とあわてて考えるべきでもない。

なにしろ 1950 年代、1960 年代には、放射性物質が日本中に(というか、世界中に)くまなく降り注いだのだ。 基本的にすべての農作物が(少しずつとはいえ)放射性物質に汚染され、それが、ぼくら(←ぼくは、その頃、子供でした)の口に入ったことになる。

一方、今回の事故のあとでは、食品が放射性物質に汚染されていないか(完璧かどうかは議論があるものの)検査がおこなわれ、多くの放射性物質が口に入らない努力がされている。 そのため、たとえば放射性セシウムによる内部被ばくを考えたとき、今の福島で暮らす人たちが、1960 年代に暮らした人たちよりも多く被ばくするとは限らないだろう。 内部被ばくを減らす努力を是非続けてほしい。

[graph] 知りたい人のために少し詳しい数値をあげておこう。 ここでは、1960 年代と今を比較するために放射性物質であるセシウム 137(137Cs)の量に注目する。 データの出所などについては付属の資料「セシウム 137 の降下量 」にまとめておいた。

1950 年代後半からの日本での放射性物質による汚染の状況については、右のグラフ(月並みだけどクリックで拡大します)を見てもらうのが速い。 これは一年間に東京に降り注いだセシウム 137 の量を 1990 年までプロットしたもので、 降下量の単位は Bq/m2(←単位の意味は気にしなくていいですよ(1 平方メートルあたりに何ベクレル降ったかということだけど))。 一番最初の 1957 年のところには、1957 年以前の降下量を足しあわせたもの(の推測値)をプロットした。 1960 年代前半までやたら量が多くて、その後はどんどん減っていき、1986 年のチェルノブイリ原発の事故のときに一時期だけポンとあがっているのがわかるだろう。 この先、2010 年までプロットしてもほとんどゼロのそばに点が並ぶだけなので省略した。

さらに背景なども知りたい人は気象研究所・地球化学研究部の「環境における人工放射能50年」という web ページをみてもらうのがいいだろう。 最初のグラフはセシウム 137 とストロンチウム 90 の月間の降下量をプロットしたもの。ごちゃごちゃしていて見にくいけれど迫力はある(注意:この気象研究所のグラフの縦軸は対数プロットになっている。 グラフ上の同じ間隔でも、グラフの上に行くほど実際には大きな値に対応している。 だから、普通に思うよりもはるかに増減が激しい。多いところと少ないところの比は一万倍以上ある。 右上のぼくのグラフは対数ではない普通のプロット)

核爆発実験の時代、もっとも放射性物質の降下が多かったのは 1963 年 6 月。東京で、1 ヶ月のあいだにセシウム 137 が 550 Bq/m2 降り注いだそうだ。 さらに、1963 年の 1 年間での降下量は約 1900 Bq/m2である。 核爆発実験が盛んだった 1964 年までの総計は約 5600 Bq/m2であり、その後の降下量はずっと少なくなる。 核爆発実験の時代から 2005 年までの 50 年ほどの降下量すべてを足しあわせるとおおよそ 7600 Bq/m2くらいだ(放射性セシウムは崩壊していくし、そもそも流されたり飛ばされたりするから、これだけの量が残っているわけではない。これは参照のために単に足しあわせただけの数値)

今回はどうだったか?  文部科学省が測定して公表したデータをみてみよう。

東京に雨が降った 3 月 21 日の新宿でのセシウム 137 の降下量は 5300 Bq/m2。 上のデータと単位をそろえてあることに注意してほしい。 つまり、最悪だった 1963 年 6 月に 1 ヶ月かけて降り注いだ量のほぼ 10 倍が 1 日で降ってしまったのだ!  少なくとも 1 日あたりの降下量ということで考えれば、前代未聞だし、核爆発実験の時代よりも桁違いに多いのである。

核爆発実験の時代には放射性物質が毎日のように(ほぼ)一定の割合で降り注ぎ続いたわけだが、今回はそれとは大きくちがう。 やはり文部科学省によると、3 月の新宿でのセシウム 137 の総降下量は 8100 Bq/m2である。 つまり、半分以上が 21 日にまとめて降ってきたということになる。 また、セシウム 134 もほぼ同じくらい降り注いでいて、3 月の総降下量は 8500 Bq/m2である(核爆発実験の際にはセシウム 134 は出ない。解説「セシウム 137 とセシウム 134」を参照)

この 8100 Bq/m2というセシウム 137 の降下量は、上に書いた約 50 年の総計の 7600 Bq/m2とほぼ同量である。 やはり今回の降下量はすごく多かったことがわかる。 右上のグラフに 2011 年を付け加えると、今のグラフの範囲の 4 倍以上のところまで突き出てしまうのだ。 上でも触れた気象研究所の「環境における人工放射能の研究 2011」の表紙のページにそのようなグラフ(上にも書いたようにこのグラフの縦軸は対数プロットなので注意)がある)。

「放射能」はうつらない

原発事故で避難して来た子供が「放射能がうつる」といじめられたという話がある。悲しい。 もちろん、「放射能」はうつらない。

放射線は体を通り抜けていくので、放射線をあびても体に放射線が残っているわけではない。 放射性物質を吸い込んだり飲み食いした場合でも、他人に影響するような放射線が体からでることはない。

放射性物質も放射線も、自然にもともとあった。とは言っても・・

「放射性物質や放射線は、自然にはなく、人がつくった不自然なものだから危険だ」というのはまちがい。 人がつくる前からもともとあった(より詳しく言うと、いくつかの放射性物質は自然界にはほとんどなくて、人が作ったものだ)。

カコウ岩(御影石(みかげいし)など)からは放射線が出ているし、実は、空からも放射線は降ってきている。 ラドン温泉とかも天然だけど、放射線がでている。 だから、人工の物が何もなくても、かならず一定の量の外部被ばくがある。

さらに、ぼくらが吸い込む空気にも、口にする食べ物にも、もともと一定の量の放射性物質が含まれている。 だから、科学技術とは関係なく、人類は昔から内部被ばくもしている。

最近では、多くの人が各地での放射線量を測定している。 すると、雨のあとに放射線量が少し増えることがあり、「これは原発の影響か?」と話題になる。 しかし、多くの場合、放射線量の増加は大気中を漂っていたビスマス 214(214Bi))が雨といっしょに地面に降りてきたと考えると説明できる。 大気中のビスマスはラドンの崩壊で作られるもので、原発とも人間とも関係がない。 「雨のあとに放射線量が増える」のは自然現象なのだ。

「自然の放射線と人工の放射線は違う。人工のは害がある」というのもまちがいと言っていい。 放射線にはいくつかの種類があるが、自然のものでも人工のものでも、本質的な違いはない。

ただし、「自然にもともとあった」、「自然と人工は違わない」からといって、それで放射線が体に無害ということにはならない。 問題はどれくらいの量を浴びるかだ。多すぎれば確実に害がある。 また、放射性物質を体に取り込んだときの内部被ばくの害は物質の種類によって随分と変わってくるようだ。 「放射線って体に悪いの?」で説明する。

放射線と放射性物質の物理について知っておいたほうがいいこと

放射線は放射性物質から出ている「目に見えない何か」だ。 しかし、これは別にオカルトっぽい話ではなく、放射線の正体はかなり詳しくわかっている。

ちゃんとした話は物理を学ばないとわからないし、ベータ線とかガンマ線とか言葉だけ覚えていてもそれほど面白くないよね。 最低限、知っておくべきなのは、放射線というのは原子核が変化するときに出てくるということだ。これを少し説明するけど、ちょっと長いので途中はとばして最後の段落だけ見ておいてもいい。

なお、もっと詳しく知りたい方は、(ここを読んだ後で)付属の解説「原子・原子核・放射線」もご覧ください。

[atom] この世界にある「もの」はすべて、目に見えない小さな「原子」が集まってできている(←なぜそんなことがわかるのかとか、その小さな原子はどういう性質をもっているのか --- とかいうことは、実は、ぼくが大学で教えていることなんだけれど、それを書き出すと(ものすごく)長くなるので書かない)。 原子は、ものすごく小さな原子核のまわりを(もっと小さい)電子がぐるぐるまわっているようなもの(←この「ような」が大事。ちゃんとしたことは「量子力学」というのを学ばないとわからない。ぼくは物理学科の三年生にこれを講義している)だということもわかっている。 原子には、水素 (H) とか酸素 (O) とかセシウム (Cs) とかいろいろな種類があるけれど、それに応じて、原子核もそれぞれ違っている。 水素 (H) の原子核、酸素 (O) の原子核、セシウム (Cs) の原子核はそれぞれ「つくり」が違う。

ぼくらのまわりでは、いろいろな「もの」がどんどん変化していく。 石を砕けばバラバラになるし、水を冷やせば凍るし、塩を水に溶かせば見えなくなって塩水になり、紙を燃やせば灰になる。 こういった変化では、原子と原子の結びつきが変わったり(←これが化学反応)原子から電子が抜けたり(←これはイオン化)することはあるけれど、原子核はまったく変化しない(注意:放射性物質が混ざっていれば、それらは勝手に放射線を出して原子核の変化をおこす。でも、それは燃やしたり溶かしたりしたこととは無関係)。 ものすごい高温で処理しても、すごい薬品を使っても、原子核は変化しない。 生物は(光合成とか)ものすごく複雑な化学反応を利用するけれど、でも、原子核の変化を利用している生物は(ぼくらが知っている限り)いない。 これは決してたまたまではなく、原子核を変化させるには、化学反応なんかに比べると桁違いに大きいエネルギーが必要だからだ(より詳しくは、付属の解説「原子・原子核・放射線」に書いてあります)。

(左上の図はヘリウム原子の模式図。真ん中に小さな原子核があり、それを拡大した模式図が右上。原子核のまわりには電子が雲のように広がっている。 ヘリウムの原子核はものすごくしっかりしているので、変化して放射線を出したりはしない。 ある種の放射性物質が変化するときに出てくるアルファ線という放射線は、ヘリウムの原子核がすごいスピードで飛んでいるもの。図はwikipedia より転載(作 Yzmo))

一方、原子力発電所の原子炉のなかでは、原子核そのものが変化している(「原子力発電所ってけっきょく何をやっているの?」で説明する)。 ふつう原子核を変化させるのはすごく大変だ。だから原子炉をつくるにはかなり複雑な技術がいるのだ。

一方、放っておいても原子核の変化がおきることがある。 それが放射性物質でおきていること。

放射性物質というのはちょっと変わった原子核をもった物質だ。 放射性物質の原子核は「不安定」で、ずっと同じ姿でいつづけることができない。 もちろん、しばらくの間は「最初の姿」でがんばっているのだが、時間がたつ内に、ふと「崩壊(ほうかい)」をおこして別の原子核に姿を変えてしまうのだ。 このときに、放射線がでるというわけ。 不安定な原子核が、どのくらいのあいだ「最初の姿」でがんばっていられるかは物質の種類によって違ってくる。 その目安が「半減期」。詳しく知りたい人は、この下の説明を読んでほしい。

読み飛ばした人も多いだろうけど(それでいいですよ)、大事なのは、 (1) 放射性物質というのは特別な「不安定な原子核」をもっている、そして、(2) ふつうにものを燃やしたり化学反応させたりしても原子核はびくともしないということ。 だから、煮沸消毒しても、焼却炉で燃やしても、微生物に食べさせても、放射性物質を分解して無害な物質に変えることはできない。放射性物質が自分で勝手に崩壊していくのを待つしかない。 だから、やっかいなのだ。

時々、「放射性物質を分解して無害な物質に変える細菌がみつかった」なんていうニュースがある。 本当ならうれしいけれど、もちろん、そんなことはあり得ないと思っていい。 上に書いたように、生命は化学反応は利用しているけれど、原子核の変化を利用するのはエネルギー的に絶対に無理だからだ。 「それでも可能性はゼロじゃない」と言えばまあそうかもしれないけれど、もしそんなことがあれば歴史に残るものすごい科学の革命になる。 ノーベル賞級なんていうレベルじゃなく、新たな研究分野が誕生し、関連する研究ですごくたくさんのノーベル賞が出るレベル。

半減期について

気になる人のために「半減期」についても説明しておこう(実は、こういう説明こそぼくの得意分野なのだ)。 理数系の読者向けの解説「半減期の数学・ベクレルとモル数」もあるので、ここを読み終わってもっと知りたい方はどうぞ。

上で書いたように、放射性物質をつくっている原子核は不安定だ。 不安定な原子核は、しばらくのあいだは最初と同じ姿を保っているのだが、ある時に急に崩壊して別の原子核に姿を変える。

この崩壊のタイミングの決まり方が面白い。 普通に考えると、きっと原子核が時間とともにだんだん「疲れてきて」、一定の時間がたって「疲れ切った」ときに「もうダメだ〜」とか言いながら崩壊すると思いたくなる。でも、実際は全然ちがう。 不安定な原子核の崩壊は、ギャンブル的に(かっこよく言えば、確率的に)デタラメにおきる現象なのだ。

「各々の原子核が1 秒間に一回ずつ『運命のルーレット』を廻し『00』が出たらすぐに崩壊する」という「たとえ話」はかなり正確だ。 運が悪ければすぐに崩壊するし、運がよければずっと崩壊しないで、もとのままの姿をしている。 そして、ルーレットを何回まわそうと、原子核が「疲れていく」こともないし、「原子核の中のタイマーが進む」こともない。 崩壊しない限り、不安定な原子核は最初とまったく同じ「フレッシュな不安定な原子核」のままなのだ(なんでそんな変なことになっているのかは、量子力学というのを使うと理解できる)

同じ種類の不安定な原子核がたくさんあったとしよう。 それぞれの原子核が「運命のルーレット」を廻す。「ハズレ」を引き当てた原子核は崩壊していくので、不安定な原子核の数は徐々に減っていく。 こうして、残った不安定な原子核の個数が最初の半分になるまでにかかる時間を半減期という。 たとえば、ヨウ素 131(131I)の半減期は約 8 日だ(ヨウ素 131 はベータ崩壊してキセノン 131(131Xe)になる)。 仮に、最初にヨウ素 131 が 1 グラムあったとすると、8 日後には約 0.5 グラムに減っているということだ。

話が面白くなるのはここから。

ちょうど半減期だけの時間がたった後、崩壊せずに残っている不安定な原子核たちを見てやろう。 「仲間の半分が消えてなくなるほどだから、残ったやつらも疲れ切っていて、命は残りわずかだろう」と思うのが人情だが、原子核に人情は通用しない。 上で書いたように、崩壊しないかぎりは、不安定な原子核は最初とまったく同じ「フレッシュな不安定な原子核」なのだ。 だから、崩壊せずに残った不安定な原子核だけを見てやれば(全体の個数は減っただけで)最初の状況とちっとも変わらないのだ。

ここから、ちょうど半減期だけの時間がたつとどうなるか? 上の説明から答えはわかっていると思うけれど、不安定な原子核の数は、やっぱり、また半分になるのだ。つまり、最初からみれば、4 分の 1 ということになる。

さっきのヨウ素の例でいえば、最初に 1 グラムだったのが、8 日たつと 0.5 グラムになり、もう 8 日たつと 0.25 グラムになり、もう 8 日たつと 0.125 グラム、という具合。 「8 日たつと半分」というのが(ヨウ素 131 の原子核が極端に少なくなるまで)ずっと続くということになる。

今、福島を中心にした広い範囲で、セシウム 137(137Cs)という放射性物質が地面にくっついている。 ぼくの住んでいる東京の地面にもある。 セシウム 137 の半減期は約 30 年だ。つまり(ぼくがおじいさんになっているだろう)30 年後にようやく半分になり、(ぼくが生きているかどうか、かなり微妙な)60 年後に 4 分の 1 になるということだ。 実際には、土がセシウムごと流れていったり、道路の表面からセシウムを含むかけらが削りとられて下水に流れたりといったことで、地面についているセシウム 137 は、もう少し早く減っていくと思うけれど。

これが半減期の意味だ。 「半減期は人の寿命に似ていますね」という説明が放射線の専門家の書いた本のなかにあった。(上の説明を読んだ人には完璧にわかっていると思うけれど)それは全然ちがう!!

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