学習院大学 東洋文化研究所The Research Institute for Oriental Cultures

機関紹介

所長メッセージ

東洋文化研究所長  高柳 信夫

東洋文化研究所長  高柳 信夫
 学習院大学東洋文化研究所は1952年に設立され、すでに60年を越す歴史を有しています。
 当時の安倍能成学習院院長の手になる「設立趣意書」によれば、本研究所は、「明治以來、日本が新しく西洋に學ぶと同時に、傳統的な東洋に關する學問の步みを新たに進め、幾多の部門に於て世界の學界に寄与するところのあつたことは、識者のすでに認めることであるが、いま日本の再出發に際して、それら過去の業績を総決算して世界に示すと共に、新たに未墾の學的領域に鍬を入れることは、それ自体一つの課題となすに足るであらう。のみならず新たなる理念と、廣い視野とをもつて、改めて東洋に學ぶことは、日本人自身の爲にも世界人類の爲にも重要な仕事であり、世界文化の最高理想でありながら、漫然として提唱されがちな『東西文化の融合』を遂げ得る、最も確實な第一歩であらう」という前提の下に設立されました。
 1952年といえば、いまだ朝鮮戦争の只中で、中華人民共和国が1949年に成立してからもまだ3年目という時期にあたり、東アジアはまさに激動の時代にありました。しかしながら、「設立趣意書」によれば、当時の日本は、「アメリカでは大多數の大學が、東洋に關する各種の硏究所を附設して、活潑な研究を進めてゐるといふことであるが、日本の大學に於ては、それと凡そ逆の方向を取る傾きがあり、靑年の關心は、この重大な東洋の大変革期に際して、一向東洋に赴かず、有爲の學者にして東洋研究に志す者少く、そういふ方面の學生を得ることも六ヶしい實情」にあったといいます。
 こうした情況をふまえつつ、学習院大学では「東洋文化研究の學部もしくは專門講座を設けようとの議もあつたが、經營上、極めて困難」であるということから、「已藏の資料を有効に整備することから始め、順を追つて研究の資料を集め、又硏究者の陳容をも整へ、永い將來に於ける大成を期しつつ、日本乃至世界の學界に對する貢献の第一歩を踏み出さうとする」ことを目標として東洋文化研究所が設立されました。
 その後の東洋文化研究所において、当初の理念や目標が実際にどれだけ達成されてきたかという点についての客観的評価は、所外の諸賢の評価に委ねるしかありませんが、設立以来、多くの先生方の御努力により、様々な研究が積み重ねられてきたことは間違いありません。
 このような長い歴史を承けた現在の東洋文化研究所の活動は主として二つの柱からなっています。
 第一の柱は、学部や学科の枠に拘束されない大学の付置研究所という特質を生かし、学内外の研究者を研究分野の垣根を越えて糾合し、東アジアに関する多分野の先端的な研究を、時限的な「プロジェクト」の形で遂行することです。人文科学から社会科学にわたる多彩な研究活動については、是非このホームページの「研究プロジェクト」の欄をご覧下さい。
 いま一つの柱は、設立趣意書の「已藏の資料を有効に整備することから始め、順を追つて研究の資料を集め」という部分に当ります。東洋文化研究所は決して大規模な組織ではありませんが、設立以来、当初からの所蔵資料と継続的な独自の資料収集によって、朝鮮史を中心とする東アジア研究の分野において、高い評価を得てきました。今後とも、予算的な制約を踏まえつつ、小規模であっても「キラリと光る」個性をもったコレクションを目指して地道な資料収集を行うことは、この研究所が存続する限り、永続的に進めていくべき不可欠の使命であると考えます。
 今年度も東洋文化研究所の活動に、よろしくご支援のほどお願い申し上げます。
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