学習院大学 東洋文化研究所The Research Institute for Oriental Cultures

研究プロジェクト

一般研究プロジェクト

A04-1 黄河下流域の生態環境と古代東アジア世界(2004-2005年度)

 

構成員
代表研究員 鶴間和幸
研究員 島田誠 鐘江宏之 村松弘一
客員研究員 浜川栄 市来弘志 森部豊 大川裕子 益満義裕
研究分担者 菅野恵美
研究補助員 長谷川順二
(1)研究の目的・意義

本プロジェクトは学習院大学東洋文化研究所において2001~2002年に行われた「中国古代における森林資源と生態環境」(代表研究員:鶴間和幸、以下前プロジェクトと称す)の研究を継承発展させることを目的としたものである。前プロジェクトで翻訳作業をすすめてきた史念海・曹爾琴・朱士光著『黄土高原の草原と森林の変遷』で得た黄土高原の環境史に関する知見を基礎とし、その成果の延長として、本プロジェクトでは黄河下流域に焦点を当てることとしたい。
中国古代文明を生んだ母なる大河・黄河は不断の変遷を繰り返しながら現在に至っている。人々はその大河とどのように向き合って生活を営んできたのであろうか。黄河は時には、大地を潤し、恵みを与え、時には暴れ龍となり多くの人々の命を奪い去った。そして、今や河口まで水が到達しない断流という現象が毎年のように発生している。本プロジェクトでは黄河下流域を場として設定し、そこにおいて常に変化する黄河を中国の文明はどう利用したのか、また利用しなかったのかを時間軸に即して検討し、新たな文明像を導き出したい。さらには、そういった黄河を中心とした水に対する関わり方が日本を含めた古代東アジアの文化にどのような影響を与えたのかを検討することも本プロジェクトの目的のひとつである。
従前のアジア的専制国家を史的に論ずる際にも、黄河の治水や灌漑施設の建設は古代帝国成立の基礎条件と位置づけられ検討がなされてきた。しかし、近年では黄河流域とは異なる長江流域でもあらたな文明圏が発見され、権力の成立と黄河の関係は相対化されつつあると言ってよい。だが、その後の中国史の流れにおいて、少なくとも宋代以前に文明の中心となったのは黄河流域にほかならず、権力との関係ではなく、人間の生活そのものと黄河の関係を文明の基礎として位置づけ、研究することは現時点の中国文明史にとって重要であろう。こういった生態環境に人間がどのようにかかわったのかを歴史学的に明らかにする研究領域は環境史と呼ばれ、歴史学の分野では最も注目されている分野である。黄河と人間の関係史を探索する作業は、まさに中国の文明史さらには東アジア文明史を再構築する研究にほかならない。

(2)研究内容・方法

本研究では①論文(中国語)の翻訳②研究報告(講演)③黄河故河道の復元作業④現地調査⑤国内研修会(研究報告会)の5つの研究プログラムを想定している。具体的な方法は以下に挙げる。
 ①論文翻訳・輪読
各研究員の本プロジェクトに対する研究の方向性をできるだけ分散化することのないよう、黄河の環境史的研究に関する重要な中国語論文を輪読・翻訳する。具体的には前プロジェクトでも扱った史念海氏のほか譚其驤氏や近年の若手の研究者のものも扱う。
 ②研究報告(講演)
自然科学・社会科学分野などの様々な研究領域の研究者に近年の黄河に関する研究についての報告(講演)を依頼し、歴史学以外の学際的なアプローチに対する理解を得る。
 ③リモートセンシングによる黄河の故河道の探索
デジタル衛星写真をクラスタリング解析することによっておおよその古い河道を復元するという方法が近年の技術的な進歩と、情報公開の促進により、低コストでも可能となった。黄河が実際にどこを流れていたのかを解明することは黄河と文明の関係性を知る上で重要な基礎研究である。
 ④現地調査
上記の①~③の研究によって得た見知を実地調査によって確認する。古代の黄河が流れていたと考えられる河南・河北・山東省の境界付近をフィールドとして中国の大学の協力も得つつ、調査を行いたい。
 ⑤国内研修会(研究報告会)
①~④をふまえた研究を研究員・客員研究員が各自で行い、その成果を年末の報告会(合宿)で報告する。最終的には翻訳論文と現地調査の報告、研究論文(講演内容を含める)をまとめて出版することを目標とする。
なお、本プロジェクトにおいて各研究員が分担する研究領域(時代・地域)は以下の通り。鶴間(古代/秦漢・中国)・島田(古代・西洋)・鐘江(古代・日本)・村松(古代/秦漢・中国/黄土高原)・浜川(古代/秦漢・中国/黄河流域)・市来(古代/魏晋南北朝・中国/黄土高原)・森部(古代/唐代・中国/黄河流域)・大川(古代/秦漢・中国/長江流域)。このほか、リモートセンシング画像処理技術に精通する大学院生の協力も得る。

(3)研究の成果

鶴間和幸(編著)『黄河下流域の歴史と環境―東アジア海文明への道』(東方書店、2007年)