学習院大学 東洋文化研究所The Research Institute for Oriental Cultures

研究プロジェクト

一般研究プロジェクト

A06-2 中国における社会変動と教育改革の動向(2006-2007年度)

 

構成員
代表研究員 諏訪哲郎
研究員 斉藤利彦 川口幸宏 飯高茂 村松弘一
客員研究員 王智新 杉村美紀 石川啓二(2006) 杜威(2007)
(1)研究の目的・意義

急速な経済成長を遂げている中国杜会は、あらゆる面で大転換を遂げようとしている。
教育についても、2001年7月に公布された「基礎教育課程改革綱要(試行)」によって、従来の知識伝授型の教育から生徒主導型の学習へ大きく転換しようとしている。その中核をなすのが「総合実践活動」で、従来の「杜区服務(地域奉仕)」、「杜会実践」、「労働技術教育」に加えて、新たに「研究性学習」という名称の、学生一人ひとりの個性に応じた課題を探求する、体験的、間題解決的な学習を導入するように求めている。省レベルで独自の教材を作成して進めている「総合実践活動」が、実際にどのように進行するのかは、日本の「総合的な学習の時間」の行方と同様に、東アジアにおける教育もっとも注目すべき研究課題の一つである。
しかし、「総合実践活動」がその狙いに沿って実施されているのは都市部だけで、経済発展から取り残されている農村部ではさまざまな教育改革の実施という面でも取り残されてしまっている。このような教育における都市と農村の格差が将来的に解消されるのか、それとも教育の格差が持続されていくのかは、都市と農村の経済的な格差が解消に向かうのか、それとも格差が将来的にも拡大し固定されていくのかということに大いにかかわっている。それは将来の中国杜会あるいは東アジア杜会の基本構造のあり方を左右する大きな問題である。
ところで、中国の都市部の書店に入ると、学習参考書と受験問題集が広いスペースを占め、休日ともなるとそこに子どもたちと保護者がひしめいている。「科挙」の国の本家本元で、かつての日本や韓国、台湾で進行した受験競争が、より大規模に、より過激に進行する可能性がある。このような事態の進行に対して国が介入していくのか、それとも野放しにして塾や予備校が駅前に林立するようになるのか。この点も巨大な中国杜会が今後どのような方向に進んでいくのかについてのプローブ的な意味を持っている。このような受験熱を背景に、高い授業料を徴収する私立学校も次々と設立されており、エリート教育、英才教育もどんどん進められようとしている。
中国は2003年に小学校3年から英語教育を導入する方針を発表した。しかし、大都市部では小学校1年から英語の授業を行うことが当たり前のようになっている。教科書を見ると5年生ですでに目本の中2レベルの内容になっており、韓国のように3・4年生まではアルファベットを使わないで音に慣れさせることを重視する学習方法とはまったく違った進め方をしている。幸か不幸か、小学校における英語教育という点ではアジアでもっとも遅れてしまった日本が、今後どのような学習方法を採用するべきか、という点では、韓国と中国の英語教育をフォローすることで正しい道筋を選択できるであろう。
1980年には日本より数十歩も遅れていた中国の理数科教育は、四半世紀たった今日、少なくとも教え込む内容では日本のはるか先を進んでいる。理数科離れが進行し、文系ばかりが拡大した日本と違って、中国では今も理系志望者が多く、政治や経済の分野でも理系出身者が大いに活躍している。理数科教育ばかりではないが、いまや中国のやり方から学ぶべきことも多いように思われる。
上記のような、今まさに進行している中国の教育改革に対する研究は、これまであまりなされてこなかった。比較教育の分野でもまだまだ欧米諸国に対する研究が主流であるし、現代中国ウォッチャーも政治や経済に関心が集中して教育改革に対しては、断片的な報告がなされる程度である。唯一現代中国の教育についてのまとまった著作はプロジェクト・メンバーの一人である王智新氏の『現代中国の教育』(明石書店、2004年)があるだけである。この著作でも最新の動向についての記述は決して十分ではない。
本研究プロジェクトでは、中国の教育改革のさまざまな側面に対して、プロジェクト・メンバーがそれぞれの最も関心のあるテーマに対して、それぞれの得意とする手法で研究を進め、それらを集約することで中国の教育改革の全貌を目本に紹介したいと考えている。
「ゆとり教育」を進めてきて、「学力低下」が問題となっている日本は、今、今後の教育をどのように進めるかという点で岐路に立っている。東アジア、東南アジア諸国間でFTAが次々と締結され、ボーダーレス化していくなかで、巨大な隣国・中国がどのような教育改革を進め、人々がどのような教育を求めていくのかは、日本としてもしっかりとフォローしておく必要のある重要な研究課題である。

(2)研究内容・方法

プロジェクト・メンバー全員で中国の教育改革の基本的な文献を読み進め、識者を交えて中国の教育の現状について議論をかさねる。そのために研究会を年間5~6回開催する。日常的には各メンバーが各自の分担する課題についてインターネットなどを利用して最新の情報を収集し、研究を進める。また、初年度の11月初旬および2年目の9月上旬にさまざまな段階の学校訪問などの現地調査を実施して、教育改革の最新の動向を把握する。その際には王智新氏の出身校であるとともに、中国の教育改革の先導的な役割を果たしている華東師範大学の全面的な協力を仰ぐ予定である。そして2年目の最後には公開シンポジウムを開催にて研究成果を広く伝えていく。

(3)研究の成果

諏訪哲郎・王智新・斉藤利彦(編著)『沸騰する中国の教育改革』(東方書店、2008年)