学習院大学 東洋文化研究所The Research Institute for Oriental Cultures

研究プロジェクト

一般研究プロジェクト

A08-2 中国変動社会における教育と格差(2008-2009年度)

構成員
代表研究員 斉藤利彦
研究員 諏訪哲郎 川口幸宏 飯高茂 小沼孝博(2009)
客員研究員 王智新 石川啓二 杉村美紀 牧野篤
(1)研究の目的・意義

1978年の改革開放路線から間もなく30年を迎えようとする中国。その間の経済発展とそれに伴う社会の変化は著しい。例えば長江下流域の工業地域は、点から線へ、そして線から面へと拡大し、中国が「世界の工場」と言われる所以を実感させる。大都市周辺部での大規模マンション開発も都市住民の生活様式を一変させている。しかし、ここに来て、中国が抱える課題が明確になってきたように思われる。
一つは、経済発展至上主義の中で、森林破壊や砂漠化の進行、大気汚染や水質汚濁の激化など、悪化が進む一方の環境問題とどう取り組むのかという課題であろう。そしてもう一つが、今世紀になって急速に拡大してきた格差の問題とどう取り組むのかという課題である。都市と農村の経済格差は今世紀に入ってからでも2倍から3倍に、そして4倍に拡大しようとしている。同じ都市部においても、突出した大金持ちが豪壮な住まいを次々と建設する一方で、農村から出稼ぎに来ている農民工の置かれている生活条件は戦前の悲惨な状況同然といえる。
そして、このような格差が拡大する中で、教育における格差も拡大している。様々な名目でお金が流入する仕組みを持つ大都市の名門校の豪華な校舎・設備と、校舎の修復もままならない、教員人件費も払えないという物理的・経済的な崩壊寸前の農村の学校が、同じ国内に存在しているのである。受験競争をビジネスチャンスとして続々と開かれている大都市の学習塾では1時間数百元の個人レッスンが展開されているのに対して、農民工の子弟が通う学校の学費は年間千元で、一つの教室に60数名がひしめきあっている。今、経済的な格差の拡大が教育の格差の拡大を引き起こし、教育の格差の拡大が経済的な格差を一層拡大させ、階層差を固定化させる方向に突っ走っているように思われる。
本研究プロジェクトでは、現地調査・文献調査を通してこのような教育格差の実態を明らかにするとともに、経済的な格差と教育における格差の相互関係を視野に入れつつ、現中国政府が行っている、あるいはこれから行おうとしている教育政策についても検討を加える。例えば、中国では2001年から基礎教育課程改革を行い、従来の知識伝授型の指導方法を改めて、学習者主体型の指導方法への転換を行っているが、この政策の妥当性についても格差という観点からの再検討が必要と思われる。この時代の流れに即応したように思われる教育改革も、日本で採用された「ゆとり教育」が子どもたちの学習時間の二極分解を生み出して、経済的社会的格差の拡大と固定化を招こうとしていることを考慮すると、格差拡大を未然に防ぐ新たな別の教育政策が求められることになる。
上にも述べたように、中国社会における格差の拡大と環境問題の悪化は、中国の根底を揺るがしかねない大きな課題である。今日の中国の経済規模と影響力を考えると、中国という巨大国家に大きな動揺が生じることは、東アジアのみならず世界中に動揺を引き起こし、とてつもない事態が引き起こされる可能性さえ存在する。その意味では格差の拡大と密接に関わる中国の教育の現状をしっかりと見つめ、適切な道筋を見出そうとする本研究は、大きな意義を持つものと確信する。

(2)研究の成果

諏訪哲郎「小学校の道徳教育における環境教育的要素の日中韓比較」(『東洋文化研究』14号、2012.3)
杉村美紀「中国における教育格差の連鎖と重層化」(『東洋文化研究』14号、2012.3)

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