学習院大学 東洋文化研究所The Research Institute for Oriental Cultures

研究プロジェクト

一般研究プロジェクト

A09-2 衛星データを利用した秦始皇帝陵と自然景観の復元(2009-2010年度)

 

構成員
代表研究員 鶴間和幸
研究員 村松弘―
客員研究員 黄暁芬 段清波 張衛星 長谷川順二(2010)
(1)研究の目的・意義

陝西省西安市東に位置する秦始皇帝陵は、1974年に発見された兵馬俑坑とともにユネスコ世界遺産に登録されている。「秦の始皇帝陵の内部はどのようになっているのか?」「『史記』の記載は正しいのか?」このような疑問に関して、近年、始皇帝陵内部に対する電磁波を利用したリモートセンシング調査がおこなわれた。その成果は『秦始皇陵地宮地球物理探測成果与技術』(劉士毅主編、中国地質出版社、2004年)として出版された。地下30 メートルに東西170 m、南北145 mの空間が発見された。内部には、水銀の存在も確認され、その形状は『史記』の「以水銀、為百川江河大海」という記載を裏付けるものではないかと報告されている。
本プロジェクトでは上記の研究成果を受けつつ、より広い視野からの始皇帝陵研究をすすめることとしたい。始皇帝陵は春秋以来の秦の伝統・文化を受け継ぐとともに、驪山北麓という環境を利用して建設された陵墓である。また、墳丘の周辺には兵馬俑坑のほか多くの陪葬坑が発見されており、90年代以降は墳丘の南から文官俑・百戯俑・石鎧甲坑、陵園の北から楽士俑などが出土した。兵馬俑とはデザインが全く異なるこれらの副葬品の発掘により、陪葬坑への関心が高まっている。陵園の建設計画を知るためには、墳丘内部のみならず、周辺の陪葬墓・副葬品、さらにはその歴史的位置や立地環境に関する諸情報をまとめる必要がある。そのために、文献史学・考古学・環境史さらには衛星データを利用したリモートセンシング技術による調査などを総合化した研究をおこないたい。
日本における総合的な始皇帝陵の研究はこれまでおこなわれておらず、本プロジェクトにより始皇帝陵研究の新たな段階を作りあげることができると考えている。

(2)研究内容・方法

本プロジェクトのメンバーはそれぞれすでに秦の始皇帝陵に関する一定の研究実績を有している。鶴間は春秋から統一に至るまでの秦の歴史を再構築し、始皇帝陵が建設された時代背景について論じるなど、文献資料と考古学資料からの複合的研究を進めている(『始皇帝陵と兵馬俑』講談社、2004年など)。黄暁芬氏は秦から漢にかけての墓葬研究をすすめ、『漢墓的考古学研究』(岳麓書社、2003年)の著作を有する。段清波氏は陝西省考古研究所の研究員として長年にわたり陪葬坑の発掘作業に参加し、多くの発掘報告の刊行に携わっている。兵馬俑博物館の張衛星氏は銅車馬等の装飾デザインの類型分析をおこなうとともに、「秦始皇帝陵陪葬坑に関する新研究」(村松弘一翻訳、『東洋文化研究』9号、2007年)を発表している。近年では陪葬坑の地理的位置に注目し、東北の魚池の調査や司馬道に関する研究もすすめている。村松は環境への認識と始皇帝陵の建設計画という観点を「中国古代関中平原の都市と環境―咸陽から長安へ―」(『史潮』新46号、1999年)において示した。
このような個々の研究を結びつける新たな「資料」として衛星データからわかる情報を利用したい。CORONAやQuickBird等の高分解能衛星データからは地上の土地利用の時系列的変化抽出によって遺跡の復元をおこなう。また、ALOSなどの観測データは乾燥地であればある程度の地下情報や水分状況についての情報を提供できる可能性がある。このような衛星データの「資料」としての解析については、これまで四川の西南シルクロードや湖南省古環境復原研究の実績を有する惠多谷氏の協力を得る。
衛星解析の結果と考古学・歴史学・環境史各分野のこれまでの研究成果と初年度におこなう予定の現地調査をあわせて分析する。このような共同研究により、秦始皇帝陵と自然景観の復元を試みたい。二年目には、メンバーのほか、国内外の秦始皇帝陵関係研究者をあつめ、日本国内初の始皇帝陵に関する国際学術ワークショップを11月に開催する。

(3)研究の成果

鶴間和幸・惠多谷雅弘(監修)、学習院大学東洋文化研究所・東海大学情報技術センター(共編)『宇宙と地下からのメッセージ:秦始皇帝陵とその自然環境』(D-CODE、2013年3月)