学習院大学 東洋文化研究所The Research Institute for Oriental Cultures

研究プロジェクト

一般研究プロジェクト

A10-1 「農牧接壌地域」における民族と社会(2010-2011年度)

 

構成員
代表研究員 高柳信夫
研究員 諏訪哲郎
客員研究員 松井太 船田善之 井黒忍 小沼孝博
研究分担者 森部豊
(1)研究の目的・意義

近年、中国史/内陸アジア史研究の分野において、遊牧世界と農耕世界が交錯する「農牧接壌地域」の重要性への関心が高まりつつある。この「農牧接壌地域」とは、ユーラシア東部でいえば、万里の長城から河西回廊を経て天山山脈へと連なる東西のラインの一帯にあたる。この一帯は北方の遊牧民と南方の農耕定住民がせめぎ合う地域であり、多様な民族集団が流入し、衝突と融合が繰り返された。この地域は、時として反王朝勢力の地となり、さらにはいわゆる「征服王朝」の出現の舞台にもなったのである。
このように「農牧接壌地域」に流入・盤踞した諸民族の動向は、時として周辺世界に大きな影響を与え、ユーラシア東部の歴史を展開させる原動力となった。今後は、従来の研究における指摘をふまえつつ、より精緻な実証的研究手法により「農牧接壌地域」の多様な社会像の実態を追究し、当地域の内側から周囲の農耕世界や遊牧世界との諸関係を逆照射するような視座が求められよう。
そこで本プロジェクトでは、現地調査によって入手した各種資料にもとづき、諸要素が交錯する「農牧接壌地域」の社会像とその変遷を具体的に解明することを目指したい。また、当地域は現在でも多様な民族がモザイク状に分布する地域である。本プロジェクトでは、長期的な時間軸を設定して個別事例の比較を積み重ねていくが、その作業は、東アジアの持つ社会・文化の多様性・重層性を諸民族が織りなすユーラシアのダイナミズムの中で捉えなおし、豊かで複合的な東アジア史像の構築に向けた一つの試みになると考える。

(2)研究内容・方法

本プロジェクトでは、「農牧接壌地域」を農耕世界と遊牧世界の「辺境」としてではなく、ユーラシア東部の歴史展開を生み出すエネルギーの供給源と見なし、研究に取り組んだ。研究領域としては、中国史・北アジア史(遊牧騎馬民族史)・中央アジア史(トルコ・イスラーム史)など複数の分野に跨るものである。研究を進めるにあたっては、以下のような方法をとった。
 ①構成メンバーと担当
高柳(近代)・諏訪(現代)が近現代を担当するとともに、プロジェクトを統括する。前近代に関しては、小沼(ジュンガル~清)・松井(元~チャガタイ゠ハン国)が天山地区を担当し、森部(唐~五代)・井黒(金~元)・船田(元~明)が内モンゴル・華北地区を担当する。研究対象の地域・時代が異なるメンバーが共同調査を行うことにより、事例の多角的分析と相互比較を行った。
 ②現地調査による資料収集
研究の深化を図るには、「農牧接壌地域」に生きた人々が残した資料の調査・収集が不可欠である。中国における発掘調査や資料公開が進んでおり、現地の博物館・文書館所蔵の一次資料(出土文書・石碑/拓本・档案等)の調査と収集を行い、それと同時に、各地に現存する史蹟の現状調査や、民族社会での言語教育の実態調査を行った。メンバーの多くは豊富な文献・フィールド調査の経験を持ち、現地の研究機関との協力関係を構築しているので、スムーズかつ確実に成果を達成することができた。
 ③研究会等の開催
一年目、二年目ともに、年度初めには現地調査の打ち合わせを兼ねて研究会を開催した。また、調査終了後には成果報告会を通して、収集した諸資料の分析・体系化や調査地情報の整理を行った。

(3)研究の成果

高柳信夫・舩田善之・井黒忍・飯山知保・小沼孝博・David Brophy『遊牧世界と農耕世界の接点 ―アジア史研究の新たな史料と視点―(調査研究報告No.57)』(学習院大学東洋文化研究所、2012年11月)