学習院大学 東洋文化研究所The Research Institute for Oriental Cultures

研究プロジェクト

一般研究プロジェクト

A10-2 非正規雇用の比較法的研究(2010-2011年度)

 

 
構成員
代表研究員 橋本陽子
研究員 草野芳郎
客員研究員 李鋌 王能君 楊林凱
研究分担者 朴孝淑
(1)研究の目的・意義

日本では、正規雇用(正社員)と非正規雇用(非正社員)の労働条件格差が、現在、非常に大きな問題となっている。2008年秋以降の経済不況により、雇用と同時に住居を失った派遣労働者を支援するために、日比谷公園に設置された派遣村の活動は、この問題を象徴する出来事であったといえよう。
正社員および非正社員という呼称は、日本では日常的に定着したものであるが、法的概念ではなく、正社員とは、通常は、期間の定めのない労働契約(民法627条)を締結し、フルタイムで就労する義務を負う労働者である。これに対して、非正社員とは、かかる正社員ではない者を意味するが、非正社員を表す呼称も「パート」、「アルバイト」、「契約社員」、「嘱託」、「派遣社員」など多様である。
これらの呼称は、必ずしも法的規制の基準とは一致しておらず、法的には、①契約期間の有無、②所定労働時間の長短、および③就労先企業が自社なのか他社なのか、という基準に基づいて、それぞれ規制が行われている。例えば「パート」は、通常は有期契約であり労働時間が短いので①と②の両方の規制が関係することになり、「派遣社員」も通常は①と③の両方の規制の対象となっている。上記①~③の基準による法規制は、国際的にもほぼ同様の規制が行われているところであるが、非正規雇用の問題を考えるにあたって不可欠な視点が、各国の労働市場における非正規雇用の実態ないし位置づけを明らかにすることである。
日本では、非正規雇用は景気の調整弁として、正社員の雇用保障のために、企業が一定程度の非正社員を抱えることはやむを得ないものと考えられていた(例えば、数十年前の「臨時工」)。かかる非正社員は、正社員と異なり簡単な採用手続により採用され、正社員と同じ仕事をしていたとしても、正社員とは責任が異なると考えられ、雇用保障の有無だけでなく、賃金等の労働条件が正社員とは著しく異なっていたが、労働市場の柔軟性を高めるためには、ヨーロッパのような硬直的な規制を及ぼすよりも望ましいと考えられていたといえる。
しかし、1990年代以降の若年労働者の非正規雇用の増加と均等待遇原則の規範が国際的にますます重要とされるようになったことを背景に、日本の非正規雇用の法規制も見直しを余儀なくされている。
本研究は、各国の労働市場における非正規雇用の実態を踏まえたうえで、法規制を詳細に検討し、その特徴と課題を明らかにすることを目的とする。さらに、非正規雇用の枠内には通常は含められないが、「柔軟な雇用(就労)」という観点から、類似する問題として従属的自営業者の問題も扱う予定である。とくに、アジア法との比較法研究は新しい試みであり、日本の労働法学界に貢献できる新たな知見の獲得を期待することができよう。

(2)研究内容・方法

 ①各国の法規制の検討
非正規雇用に関する日本の法規制は、具体的には、有期労働契約の規制(民法、労働基準法および労働契約法)、短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律(パートタイム労働法)および労働者派遣法である。これらの法律に相当する各国の法規制を判例の動向も踏まえて検討し、その特徴を明らかにしつつ、全体像をわかりやすく提示できるようにする。
 ②今後の法規制のあり方に対する示唆の提示
非正規雇用の法規制を整理したうえで、今後ますます進展が予想される非正規雇用に関する立法に対して、一定の方向性を示すことを目的とする。重要な論点は、非正規雇用の活用事由の有無・内容、および均等待遇原則の及ぶ範囲・実現方法であるが、比較法的検討を踏まえて、日本において実現可能な方策を検討することとする。
 ③実態調査
各国の労働市場における非正規雇用の位置づけを明らかにすると同時に、頻繁な法改正が予測される分野であるので、その動向を把握するために、海外実態調査を行う。
 ④セミナーの開催
外国から研究者を招聴し、意見交換を行なう。

(3)研究の成果

本プロジェクトのメンバーである橋本、李、王、楊の共著『東アジアの非正規雇用法制ー韓国、台湾、中国、日本の国際比較一』と題する書籍を学習院大学東洋文化研究叢書として刊行する予定である。