学習院大学 東洋文化研究所The Research Institute for Oriental Cultures

研究プロジェクト

一般研究プロジェクト

A10-4 G・W・ライプニッツの中国布教論—比較思想史の視点から—(2010-2011年度)

 

構成員
代表研究員 酒井潔
研究員 馬淵昌也 大澤顕浩
客員研究員 堀池信夫 長綱啓典
(1)研究の目的・意義

十七世紀イエズス会士たちの中国布教については、欧米においても、また近年では中国においても多くの思想史的研究がなされてきた。しかしながら、その多くの場合、布教する側のヨーロッパ宗教思想の側から、ヨーロッパ人宣教師たちが、彼らと全く異質な伝統に立つ中国人の宗教文化を、いかなる仕方で理解しようとしたか/理解し得たか、という問い方であるか、さもなければ、そうした近世のヨーロッパ人が、いかに中国の伝統的な宗教観や孔子礼拝を誤解し続けてきたかを批判し、糾弾するという性格の問い方であるかの、そのいずれかに偏していたように思われる。
前者は、主に欧米の研究者の傾向であり、後者は、近年活発に活動し始めた中国の西洋思想研究者の傾向である。他方、日本におけるこの分野の研究、すなわち近代ヨーロッパと中国伝統思想・宗教との相互受容あるいは相互影響のその比較思想史的研究は、欧米や中国に較べて、著しく少なく、僅かに1929年の五来欣造『儒教の独逸政治思想に及ぼせる影響』と、1996~2002年の堀池信夫教授『中国哲学とヨーロッパの哲学者』(上・下)を別とすれば、とくに見るべき文献は刊行されていない、と言えよう。
以上の理由から、本プロジェクトは、主に次の二つの点を、その目的とする:
第一に、従来の研究が、(最初からそのことを意識し、意図していたか否かは別にして)、少なくとも結果としては、「ヨーロッパ中心主義」、または「エスノ・セントリズム」を脱することが出来なかったという点を克服し、ヨーロッパの視点からも、中国の視点からも自由な第三の視点の構築を目指す。そのための手がかりとして、(当時としては、例外的に「超・西洋」もしくは「脱・西洋」の視点をとり得ていたと評価され得る)ライプニッツ(Gottfried Wilhelm Leibniz 1646-1716)の中国布教論を考察する。その場合、ライプニッツが依拠した、啓蒙主義とも単純に同一視され得ない「理性」(ratio)の論理と、「自然神学」(theologia naturalis)の立場を、現代思想のコンテクストから改めて批判的に考察し、その射程と可能性を検討することが重要となるであろう。
第二に、イエズス会士の中国布教は、彼らが中国の伝統社会の文化や宗教儀礼を、必ずしも狭義の宗教の枠内ではなく、社会倫理思想として、世俗化・普遍化・構造化して捉えようとしたことでも、そしてまた中国側でもとくに清朝の康熙帝がイエズス会士たちを優遇したことでも、きわめて注目に値する。この点を本プロジェクトでは、「比較思想」の方法を用いながら、とくに中国近世知識人思想史、中国近世社会史の分野において考察したい。日本には、1549年のフランシスコ・ザビエルの来日以来、イエズス会が、明におけるより先に布教活動を本格化させたものの、1587年には豊臣秀吉が耶蘇教禁令を出した、というきわめて特異な前史が存在する。日本における布教史との対比のなかにも、中国布教の特徴を解明する鍵が含まれているかもしれない。

(2)研究内容・方法

以上の目的を実現し、研究の意義を形成し得るためには、本プロジェクトは次の研究内容を含む:
①イエズス会士たちの中国布教は、当時の中国(明・清)の精神的、宗教的、文化的状況に何らかの影響を与えたか。もし与えたとすれば、それはいかなるものであったか。それを、明末・清初期に限定し、具体的には、知識層、儒者、さらには仏教関係者、道教関係者におけるキリスト教の影響について、中国文化・社会史、道教思想史、中国近世知識人思想史の分野において考察する。それぞれの場合、政治・経済史などとの連関よりは、むしろ倫理学、宗教思想あるいは哲学からのアプローチに絞りこむことで、上記の諸研究の成果が有機的に総合され得るように試みる。
②明末・清初期における、民間の孔子礼拝の思想史的ないし宗教史的考察。
③イエズス会の「適合策」、さらには「典礼論争」における親中国政策の思想的諸基礎を支持し擁護したG・W・ライプニッツの中国布教論を、ライプニッツの著作(『最新中国事情』1697、『中国自然神学叙説』1716)及び、彼がイエズス会士たち(グリマルディ、ブーヴェら)と交わした書簡集(2006)を資料としながら考察する。同書簡集の編集者であるリタ・ヴィドマイアー博士を招聴し、共同研究を実施する。
④ライプニッツによる構造主義的異文化理解の試みともいうべき一連の中国学(孔子教の他にも、漢字、朱子学、易経などについてもライプニッツは関心を寄せた)について、一番最近の中国側の研究・評価について知るため、中国においてワークショップを実施し、討議や情報交換を行った。

(3)研究の成果

酒井潔「『華厳経』と『モナドロジー』―村上俊江におけるライプニッツ受容―」(『東洋文化研究』16号、2014.3)
長綱啓典「蓋然性の論理学 ―ライプニッツ中国学の方法論への一視点―」(『東洋文化研究』16号、2014.3)