学習院大学 東洋文化研究所The Research Institute for Oriental Cultures

研究プロジェクト

一般研究プロジェクト

A13-4 日本とアジアにおけるマイノリティ言語(危機言語)復興運動とネットワーク形成(2013-2014年度)

 

構成員
代表研究員 桂木隆夫
研究員 数土直紀
客員研究員 ジョン・マーハー パトリック・ハインリッヒ 原聖
(1)研究の目的・意義

現在、日本およびアジア、そして世界の様々な地域でマイノリティ言語を母語とする人々のマジョリティ言語への言語シフトが進行しており、それによっていわゆる危機言語の消滅による言語的多様性が失われつつある。他方で、こうした流れを食い止めようとする試みが先進諸国の間で少しずつ見られるようになってきている。こうしたマイノリティ言語(危機言語)復興運動をより包括的に理解するためには、従来の研究手法である言語使用の領域(家庭、学校、職場など)の分析に加えて、新たにマイノリティ言語(危機言語)を使用し始めた人々(話者)と彼らのネットワークの分析を行なう必要がある。
実際、こうした言語ネットワークは、政府の公的支援の欠如にもかかわらず、次第に広まりつつある。こうしたネットワークに参加する新たなマイノリティ言語使用(new speaker)は、マジョリティ言語とマイノリティ言語の並列的使用や組み合わせ使用を行なっており、また彼らはネットワークを通じて連携しているので、定まった場所や時間に限られないし、また特定の民族や国民に限らず、多様な民族的、国民的出自を有する人々からなる。
こうしたマイノリティ言語(危機言語)復興運動(ネットワーク形成)を分析するためには新たな分析ツールが必要であり、また具体的なネットワーク形成についての事例研究を積み重ねる必要がある。
本研究プロジェクトの意義としては、マイノリティ言語(危機言語)復興運動(ネットワーク形成)についての分析ツールと分析手法を確立することによって、従来のマイノリティ言語(危機言語)研究に新たな局面を切り開くと言うことが第一に指摘されるが、そのために、言語社会学(マイノリティ言語研究)と公共哲学(グローカリゼーション=グローバルスタンダード+文化的多様性への概念枠組の組み換え)および社会学(ソーシャル・キャピタル論の組み入れ)をつなぐ学際的な試みであり、将来の学問横断的な社会科学の研究の方向性を示すものとして十分評価しうる。特に、従来の社会科学の概念枠組がグローバルスタンダードとしてのグローバリゼーション(アメリカナイゼーション)という視点が強固であったのに対して、本研究プロジェクトはグローカリゼーション=グローバルスタンダード+文化的多様性という視点から、グローバル言語(としての英語)+地域少数言語を媒介とする危機言語復興運動(ネットワーク形成)の在り方と可能性を問う意欲的な試みである。

(2)研究内容・方法

そこで本研究プロジェクトは、言語的多様性への啓発や危機言語の保存や再活性化の支援を行なってきたLINGUAPAX ASIAと連携して、マイノリティ言語(危機言語)復興運動(ネットワーク形成)に関する理論研究と日本およびアジア地域におけるネットワーク形成の事例研究を実施する。
危機言語の理論研究についてはフィールドワークに基づく記述研究が数多くおこなわれているが、復興ネットワーク形成に関する理論研究は端緒についたばかりである。たとえば、危機言語研究の最近の研究成果である論文集『東アジアにおける言語復興、中国、台湾、沖縄を焦点に』(三元社、2010年)を見ても、記述研究がほとんどで、復興ネットワーク形成に関する理論研究はハインリッヒ・パトリック&松尾慎論文「東アジアにおける言語危機とその研究」が見られる程度である。本プロジェクトでは客員研究員にハインリッヒの参加を得て、グローカリゼーションという公共哲学的視野も入れながら、危機言語復興ネットワーク形成についての理論研究の充実を図りたい。
事例研究の具体例としては、日本の琉球諸島におけるマイノリティ言語(危機言語)復興運動(ネットワーク形成)がある。このネットワーク形成の中心メンバーである比嘉光龍(ふぃじゃ・ばいろん)氏はこれまでマスメディアやインターネットを駆使して新たな琉球言語使用者(new speakers)を獲得しつつネツトワーク形成運動を行ってきた。彼は最近、「世界の中の琉球諸語」と題するシンポジウム(2012.11.10)を主催したが、比嘉氏を除くシンポジウムの報告者3名全員が外国国籍(米国、オランダ、ブラジル)という極めてユニークなものであった。本プロジェクトでは比嘉氏の協力を得て、琉球言語復興ネットワーク形成の事例研究を深化させるほか、中国やニュージーランド、オーストラリアにおける類似のネットワーク形成について事例研究を実施する。
そして、これらの理論的研究および事例研究を踏まえて、LINGUAPAX ASIAとの共催による国際シンポジウムを開催し、そこでの成果をまとめた報告書を作成する。なお、LINGUAPAX ASIAはスペインのバルセロナに本部を置く国際NGOであるLINGUAPAXの支部であり、LINGUAPAXはUNESCOと協力(affiliated)関係にある。前回2011年に行われたLINGUAPAX ASIAと国際基督教大学との共催による国際シンポジウム「多言語社会における対話のためのリテラシー」では、本プロジェクトの客員研究員であるジョン・マーハーが国際基督教大学の実行責任者として中心的役割を担った経緯があり、今回のシンポジウムではそのノウハウを積極的に活用する。

(3)研究の成果

桂木隆夫、ジョン・C・マーハ編『言語復興の未来と価値-理論的考察と事例研究-(Minority Language Revitalization:Contemporary Approaches)』(三元社、2016年)