学習院大学 東洋文化研究所The Research Institute for Oriental Cultures

研究プロジェクト

一般研究プロジェクト

A17-1 中国の南向政策:経済の陸、安保の海(2017-2018年度)

 

構成員
代表研究員 中居良文
研究員 村主道美 海老根量介
客員研究員 大嶋英一 佐藤考一 長尾賢
(1)研究の目的・意義

中国ほど政策の名称とその実態の乖離が著しい国は珍しい。習近平政権が大々的に宣伝している、いわゆる「一帯一路」政策については、政治的なレトリックを排除したうえで、その実態を慎重に分析する必要がある。
本プロジェクトの第一の目的は中国の「南向政策」の実像を把握することにある。南向政策とは中国政府がその南方にある諸省・自治区及び、国境を越えた先にある陸続きの諸国、更には海を隔てた諸国に対してとる諸政策の総称である。何故今「南向政策」を研究するのか?その答えは「南方」が持つ特殊性と重要性にある。古来、南方はいわゆる中原を心臓部とする古代中国にとって特殊な地域であった。南方は陸を隔てて異民族が住む地域であっただけでなく、海を渡ってそれらの蛮族たちが進入してくるルートでもあった。つまり、中国の四方のうち、南方だけが陸と海という二種類の接点を持っていたのである。この特殊性は近世になると特別な重要性を帯びることとなった。言うまでもなく西洋諸国の南からの侵入であり、日本の東からの圧力である。清末の革命運動が南方(広東)と東方(上海)で起きたのは自然な流れであった。中国で再び南方が注目されたのは二つの相反する動きが同時に起きた1979年である。この年の2月、中国とベトナムはいわゆる国境戦争に突入した。一方で、日本とアメリカを相前後して訪問した鄧小平は香港に隣接する広東省の南端に経済特区を設立した。中国のいわゆる改革開放政策は南方から始まり、短期間で全国に広まった。この改革開放政策を支えたのは南方の海の彼方から自由港・香港に押し寄せた「海外資本」であった。最近、この経済的重要性に加えて新たな重要性が南方に付け加えられた。それは中国の海洋進出に伴う、海をへだてた諸国との摩擦である。
本プロジェクトの第二の目的はこのように錯綜した中国と諸外国との関係を陸と海という二つの次元で切り分けて、より立体感のある分析を提供することにある。従来この種の研究はアジアを専門とする地域研究者、国際あるいは個別の国を専門とする経済学者、あるいはいわゆる安全保障の専門家が問題を自らの研究領域に引きつけて行ってきたように思われる。
本研究の第三の目的はそのような垣根を取り外し、個別の研究領域が前提としている各種のパラダイムを批判的に検証することにある。

(2)研究内容・方法

上記の諸目的を達成するために、本プロジェクトには地域研究と国際関係の両方に目配りのできる人材に参集していただいた。ベトナムの政治状況に詳しい村主教授には中国とベトナムとの二国間関係を経済と安全保障の両面から多角的に分析していただく予定である。ASEAN諸国、なかでもシンガポール研究が専門の佐藤教授には、中国の海洋進出の実態とそれに対抗する諸国の動きを解明していただく予定である。中国研究者でもあり、アジア諸国に外交官として赴任された経験を持つ大嶋教授には、中国が陸と海の両方で繰り広げている対外政策の実態解明と共に、その戦略的意図と諸外国への影響を分析して頂く予定である。インドの軍事問題の専門家である長尾研究員には、陸と海の両方で展開されているインドと中国の確執を、アジア太平洋というより広い文脈を視野に入れて研究していただきたいと考えている。中国古代史の専門家である海老根助教には、中国の「南方」が持つ歴史的・文明史的意味を分析していただくと共に、本プロジェクトのコーデイネーターをお願いする。終わりに、中国の国内政策と対外政策の両方に関心を持つ中居は、中国の南方、即ち広東省と広西自治区が陸と海の両方で近隣諸国とどのような関係を構築しているかを解明したいと思っている。
この種の研究に実地調査は不可欠である。毎年1回の現地調査を予定している。訪問先はベトナムと中国南部(香港、マカオ、海南島を含む)を予定している。現地において、わが国の在外機関、現地の研究所、大学、研究者、経済機構、対外貿易担当部署等での聞き取り調査を実施する。英語、中国語では通訳・翻訳作業補助をつけないが、ベトナム語については文献整理のための補助作業を在日ベトナム人研究者に委託する予定である。
本プロジェクトは内部に三種類のサブ・グループを持っている。地域で切り分けると、中国を専門とする大嶋、海老根、中居であり、中国以外の国を専門とする村主、佐藤、長尾である。研究領域で切り分けると安全保障の大嶋、村主、佐藤、長尾であり、経済をカバーするのは大嶋、中居、村主、佐藤であり、歴史は海老根、中居、佐藤となろう。更に、陸と海という区分けでいうと、陸が海老根、村主、中居であり、海が大嶋、佐藤、それに陸と海の双方をカバーする村主、長尾となる。

(3)成果報告の計画

『学習院大学東洋文化研究叢書』として一般書籍の形で刊行を目指す。プロジェクト研究員全員を執筆者とし、研究代表者を編著者とする。各章のテーマは概ね本プロジェクトの趣旨にそったものとし、具体的な内容については執筆者の自由裁量とする。初稿は2019年度末(2020年3月)の提出を目指し、原稿が揃った時点で本学の出版助成への申請を行う。