学習院大学 東洋文化研究所The Research Institute for Oriental Cultures

研究プロジェクト

一般研究プロジェクト

A21-3 東アジアにおける就業動機の他者指向性 (2021年度)

 

構成員
代表研究員 伊藤忠弘
研究員 竹綱誠一郎 秋山史子
客員研究員 上淵寿 風間文明
(1)研究の目的・意義

達成動機づけ(困難なことを成し遂げようとする過程,以下「動機づけ」)は学業達成を中心に研究されてきた。最も影響力のある自己決定理論の,自律性が動機づけに重大な影響をもつ(自分で決めているという感覚が持続的に達成行動に従事させる)という主張は広く受け入れられている。一方で『なぜ「やる気」は長続きしないのか』(デイヴィット・デステノ著,2020年)では,感謝,思いやり,(他者からの受容に基づく)誇りといった対人関係にもとづく感情が動機づけを支えるという実証的な証拠をまとめている。他者の期待に応える,あるいは他者への恩返しという意識で達成に向けて努力する動機づけは,「他者志向的達成動機」として研究されている。
 動機づけの「自己志向性」と「他者志向性」は状況に応じては一人の個人にいずれも生起しうるが,その傾向に個人差や文化差があることも予想される。文化心理学では,感情・認知・動機づけといった心理過程を,欧米に典型的な「相互独立的自己観(自己を他者とは切り離された存在としてとらえる)」と東アジアに典型的な「相互協調的自己観(自己を他者との関係性でとらえる)」という概念により分析している。他者志向的な動機づけは東アジアにおいて顕著であると予想される。
 本研究プロジェクトでは,動機づけの自己志向性と他者志向性の文化の差を検討する。先行研究(学習院大学東洋文化研究所調査研究報告№58)では日本と韓国の比較を行った。他者志向性的達成動機は日韓の差異はほぼ見られなかった。しかし心理尺度には原点が存在しないため,東アジア地域が動機づけの他者志向性が高いとは結論づけられない。本研究では日本,中国,アメリカの3地点でデータを収集し,アメリカと比較しての東アジア地域共通の特徴を明らかにすると共に,日中の文化・社会的な背景の違いが動機づけに及ぼす影響も検討する。動機づけの他者志向性が東アジアに顕著であるなら,達成動機づけ研究と文化心理学の領域に新たな知見を加えることで貢献できる。

(2)研究内容・方法

動機づけは大学生の就業動機とキャリア意識を通して検討する。自己決定理論は「なぜ,何のために勉強するのか」という理由を自律性に基づいて整理した。「なぜ,何のために働くのか」という就業動機は,安達(1998)の3つの下位尺度(「朝鮮志向」,「対人志向」,「上位志向」)がよく用いられるが,研究代表者の日韓比較研究ではこれに他者志向的な動機づけを反映させた「貢献志向」と「承認志向」を加えた。
 中国ではアメリカの尺度の翻訳も使われるが,動機づけに対する中国社会の文化的な影響として儒教的価値観の存在が指摘されている。親子関係において「親の子に対する義務」と「子の親に対する孝」(親が何を望んでいるのかを子が先に理解しそれを実現しようと努めること)が重視されるため,就業動機の尺度に家族や親に関連した項目を用意する必要がある。本研究では日本と中国の研究を参考に新たな尺度を作成する。
 日本のキャリア意識研究は,青年の「適職信仰」,「受身」,「やりたいこと志向」という特徴を指摘してきた。働くことに何か求めるかという意識は,キャリア未決定や将来の展望に影響する。職業を選択する過程で個人の願望や欲求と社会の制約や要請にどう折り合いをつけるかが課題となる。これは仕事に対する自己志向性と社会(他者)志向性の葛藤と調整と捉えられる。社会の制約や要請は社会制度や儒教的な価値観を踏まえると日本と中国でその様相が異なると予想される。
 調査対象者は就職が決定する前後の大学生である。調査方法としては質問紙調査とインターネット調査を用いる。調査内容は,他者志向的達成動機,就業動機,キャリア意識,対人関係性の意識(就業動機の規定因),就職レディネス(就業動機の影響を評価するため)である。就職活動の時期を考慮して,日本と中国での調査は2回,アメリカでの調査は1回,それぞれ都市部と農村部で実施する。分析は国(3カ国)×地域(都市・農村)×個人差(対人関係性他)の3相で比較する。