学習院大学 東洋文化研究所The Research Institute for Oriental Cultures

研究プロジェクト

一般研究プロジェクト

A26-2 東アジア旧植民地における「教育会」の形成と展開

 

構成員
代表研究員 須田将司
研究員 大矢幸久
客員研究員 陳虹彣 HALL Andrew 山下達也
(1)研究目的および意義

「教育会」とは、1880年代(明治10年代)に郡区市町村を発端に組織化され、昭和戦前期は全都道府県・旧植民地に存在した教員団体である。それらは、政策を各地に上意下達するのみならず、教員らをつなぐ「教育情報回路」として自律的に機能していた。東アジア旧植民地においては、日本語教育や皇民化政策などの政策課題を具現するため、各地・各時期において個別の歴史像が生み出されていった。本研究では、「教育会」の活動を追うに足る分量の基礎資料=教育会雑誌が現存する台湾・朝鮮・南満州(および満州国)に焦点を当て、「植民地教育会史」像の描出を試みる。 申請者(須田)は、「教育情報回路としての教育会の総合的研究会」(2004年7月発足、2018年から代表)において教育会史研究を積み重ねてきた。2015年の『日本教育史研究』誌上で「教育会史研究の課題と展望」が論じられた際、当時のメンバー・山本和行が以下の指摘をしている。 設立当初から植民地統治の終末期までの活動について検討することが可能なのは、台湾教育会のみである。朝鮮教育会および南満州教育会の活動については、これらの地域をフィールドとする歴史研究において、個々の研究の問題意識に即した形で個別に言及されるにとどまっており、教育会の組織と機能にフォーカスした研究がまとめられる段階には至っていない。「外地における教育会」研究をめぐる全体的な状況は、基礎資料の形成という根本的な課題に加えて、教育会を捉える視点の構築という初歩的な課題を克服しなければならない段階にある。 きわめて重要な指摘であるが、10年を経てもなお旧植民地教育会史の研究進捗は微々たるものである。教育史学界には、1997年発足の「植民地教育史研究会」があり、着実に各植民地の実相解明が進んでいるが、教育会については、著作物や機関誌が扱われるに留まり、主たる研究対象とはされてこなかった。 本申請は、こうした研究状況に対し、以下の新進気鋭かつ実績あるメンバーを客員研究員に迎え、「植民地教育会史」の新たな研究知見を切り拓くことを試みる ・Andrew HALL「満洲帝国教育会編『建国教育(日文)』誌・解説と目次集(1)」『植民地教育史研究年報』23、皓星社、2021年 ・Andrew HALL「満洲帝国教育会編『建国教育(日文)』誌・解説と目次集(2)」『植民地教育史研究年報』24、皓星社、2022年 ・山下達也『学校教員たちの植民地教育史-日本統治下の朝鮮と初等教員-』風響社、2022年 ・陳虹彣「朝鮮教育会の歴史とその事業内容について」『近現代日本の地方教育行政と「教員育成コミュニティ」の特質に関する総合的研究報告書(Ⅲ)』2021年 ・陳虹彣「台湾教育会編雑誌『文教』:解説と目次集」『植民地教育史研究年報』23、皓星社、2021年 本プロジェクトは、教育史ひいては日本史研究上に、開拓的な研究成果をもたらし得るものといえる。  

(2)研究内容および方法

上記Andrew HALLの「建国教育』の書誌分析に加え、申請者および陳虹彣は国内外の教育会雑誌の残存状況の把握を行っている(『近現代日本における「学び続ける教員を支えるキャリアシステムの構築」の総合的研究報告書(Ⅰ)』2022年所収)。 ・陳虹彣「台湾所蔵植民地教育会関連文献リスト」(台湾現地の図書館・資料館の所蔵) ・須田将司「2022 旧植民地教育会雑誌所蔵一覧(樺太・満州帝国・南満州・朝鮮・台湾・南洋群島)」 これら教育会雑誌について、①各地でさらなる残存状況調査を行い、②各号の「論稿」「通達」「彙報」欄に記載の頻出用語・頻出人物・教育会事業などの情報を抽出・データ化し、③それらの内容分析(時期による変容を含む)・教育会構成員の特徴と傾向の明確化・教育会の役割分析、④3植民地の比較・検討を行う。①~③は、台湾教育会を陳虹彣、朝鮮教育会を山下達也、南満州(および満州国)教育会をAndrew HALの客員研究員が中心となり、それぞれ台湾・韓国・中国における調査も含み推進する。④については国内の教育会史研究を進めてきた須田将司(教育学科)が国内の教育会との対比、近代日本の植民地政策史の研究を進めてきた千葉功(史学科)が各時期・各地における「帝国日本」形成のダイナミズムとの関連性からの検討を担う。研究期間を通じて、定期的な研究会を重ね(主にオンライン)、相互の進捗状況を報告・検討することで研究視角を吟味しつつ、研究の精緻化や進捗を図ることとなる。 以上、本研究メンバーの研究実績や、研究上で培われてきた視点・分析視角を生かして、旧植民地教育会の各地・各時期における個別の歴史像と、共通する役割や機能の姿を照らし出し、近現代日本史上で未だ把握されていない「旧植民地教育会史」像の描出を試みる。