日々の雑感的なもの ― 田崎晴明

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茶色の文字で書いてある部分は、相当に細かい仕事の話なので、ふつうの読者の方は読み飛ばしてください。


2008/12/1(月)

朝、ベッドのなかで目覚めると、頭のなかで椎名林檎の「ハツコイ娼女」が静かに流れていた。 昨日のライブのオープニングを無意識に再現していたのだ。

コンサートの体験が、こんな風に、静かに長続きするのは初めて。

昨日の余波で椎名林檎の昔のライブの録音を次々と聴いている。 誰でも言うことだが、若い頃は彼女らしい魅力的な声がごく自然に出ているように感じられる。 年齢によって声質が変化していくことに伴って彼女が発声法を色々に工夫していることについて、多様な意見があることは知っている。 ぼくは、もちろん、そういう試行錯誤を含めて彼女の表現活動を支持している。 実際、今回のライブでも、冒頭の「シドと白昼夢(ビッグバンドバージョン)」と中盤の「すべりだい」という、初期の二曲は、いずれも彼女の歴史に残る名演だったと思う(他の曲についても語り出すときりがないので自粛)。


そんなところに、さらに、「統計力学 I, II」が刷り上がったとのうれしいニュース。

さっそく、編集者の M さんが見本を届けてくださった。 「熱力学」とほとんど変わらないシンプルな装丁だが、ぼくは、これが案外と好きだ。 やはり実物を手にするのは素直にうれしい。

ずっとお世話になった M さんにも改めてお礼を言う。 実際、M さんの根気強い励ましがなければ、ぼくが統計力学の本を書くのは、もう十年くらい先になっていたかもしれないのだ。

正式な発行日は 12 月 5 日だそうですが、書店に並ぶのは少し先かも知れません。 よろしかったら、大きな本屋さんを覗いて手に取ってみてください。


2008/12/3(水)

統計力学」のページを書き換える。 以前は「ベータ版」のダウンロードページだったわけだが、これからは本のサポートページになる。 まだ中身がないので、これから徐々に書いていくのじゃ。

まだアマゾンにはページができていない(付記:4 日の夕方にはできていた)。 e-hon というサイトにはページができていることをさっき発見。 まだ注文できないので、あまり意味はないんだけど、ちょっとうれしいのでリンクしておこう。

統計力学 I統計力学 II

夕方から、物理学科コロキウム+物理学科の大コンパ。 例年、大輪講がおわったところで学科のコンパをやるのだけれど、今年はコロキウムと抱き合わせにするという新企画なのである。

コロキウムでの平野さんと井田さんの話は、それぞれ個性が出ていて、おもしろかった。

平野さんは、「なにをもって『光は粒子だ』ということの証拠とするか」というテーマでの話。 光の粒子性の証拠として高校の教科書などに挙げられる光電効果は、古典電磁気学(光は波!)と物質の量子論の組み合わせできちんと理解できる。 光子数を数える実験や、ハーフミラーで微弱光を分けたときのアンチバンチングの実験などの結果は、粒子性のより強い証拠だということ(前者については、プランク流の(変な)考え方で、無理に光の波動論でも説明できるとコメントした。後者については、普通に考える限りは、粒子が必要そう)。 こういうところにも、理科教育界が「決定実験」の神話におかされていることがよく現れている。

井田さんは、「これは学会で話したけれど誰もわからなかった話です」と前置きして(笑いをとって)ブラックホールのトポロジーの変化の話をした。 通常の四次元時空の話で、event horizon のありうるトポロジーに強い制限がつくのは実に面白い。 ただし、こういう結果の意味をきちんと咀嚼するには event horizon の定義をしっかりと把握しないとダメなのだと思う。

学生さんからも色々と質問が出て、楽しい会になった。

コロキウムに出ていた学生さんは、みんなコンパにも行くだろうと思っていたのに、下の学年の学生さんはかなり帰ってしまってちょっと残念。 いずれにせよ、楽しいコンパになり、恒例のビンゴ大会も(ビンゴそのものは、つまらないゲームだが)大いに盛り上がった。


2008/12/4(木)

立教の集中講義をずっと木曜日にやっていたのだが、今週は中休み。来週が最終回です。

久々に木曜日が空いていて余裕だ --- と昨晩くらいは思って気楽に過ごしていたのだが、真面目に考えると、主任の某重要任務をはじめとして面倒な仕事が色々とあった。 これで、今日も集中講義だったら、完璧に破綻していたなあ。 そういうことを考えて中休みにしたわけではない(単に立教側の都合でこうなった)ので、ほんとうに、ええと、なんといえばいいのか、ラッキーでよかった。


夕方にチェックしてみたら、アマゾンにも「統計力学 I」、「統計力学 II」のページができていた。 さらに、夜になってみると「予約受付中」になっている。

アマゾンで予約受付なんて、ほんとうに、ええと、なんといえばいいのか、まるで Perfume みたいだ。


2008/12/5(木)

「統計力学」が出たよっていう話ばっかりで面白くないと思うけど、さすがに少しはしゃいているわけで、ゆるしてください。

361 昨夜、寝る前にアマゾンの「統計力学」のページを見ていたら、ランキングがやたら高いことを発見した。 7,000 位くらいだった。

別に高くないと思うだろうけど、たとえば「熱力学」のランキングは 3 万位くらい。 もっと売れている物もあるんだろうけど、いずれにせよ 7,000 は何かすごい。

今日になってみてみると、ランキングはどんどんよくなって行く。 今さっきみたら I 巻は 361 位だった!  専門書では、ほとんどあり得ない数字。

考えてみれば、まだ予約受付の段階で、しかも予約が始まったのは昨日の夜から。 まだ出荷していないし、実際は一冊も売れていないわけだ。 アマゾンでは、おそらく、予約注文の頻度などを分析して、適当に得点をつけてランキングに反映させているのだろう。 ぼくの本の場合、たまたま短時間に通常とは相当に異なったパターンで予約注文が集中したために、アマゾンのプログラムが誤った外挿をして、異常に高いランキングを出してしまったということなのだろう。

外挿エラーにせよ、バグにせよ、アマゾンで自著が 300 位台なんてことはもう一生ないだろうから、記念に画像を保存しておくことにしよう(捏造じゃないよ)。

いずれにせよ、ランキングがどんどん上がっていったということは、少なからぬみなさんが早々に拙著を予約してくださったことの表れでしょう。 心から感謝いたします。ありがとうございました。


2008/12/27(土)

なんとなく日記を書かないでいるうちに、二十日以上たってしまって、もはや年末である。

日記を書かないあいだにも、いろいろと書きたいなあと思うようなことはあった。 この日記の後半では、なんとなく書いておきたいと思うようなことを、思い出すままにまとめて書いてみる。


やたらと忙しかった 11 月が過ぎ、12 月 11 日の集中講義の最終回が終わったくらいで、ペースが不連続に変わった。 それまでは毎日かならずやらなくてはならないことが次々と押し寄せてきていたのだが、急に、「あれ? 絶対にやるべきことはないぞ。これから何しようか?」という瞬間が増えてきた。 要するにスケジュールに余裕がでてきたってこと(もちろん、少し先が締切ってものは、それなりにある)。

さっそく、たまっていたレフェリーレポートをすごい勢いで次々と片付けたり、会いに来た高校生たちと話したり、何人かの若い人たちに学習院に来ていただいて議論してもらったり、ようやく物理学者らしい暮らしに復帰した感じ。 高麗さんと議論して、昔(ぼくが)やった一次元量子系の励起状態についての仕事の意味・意義がようやく腑に落ちたりもした(論文書こう)。

最後のとどめとして、昨日、一昨日は茨城大学に出張し、小松さん、中川さんと、KNST (Komatsu, Nakagawa, Sasa, Tasaki) 関連の課題について、缶詰で徹底的に議論してきた。 線形応答との関連、第二法則、自由エネルギーの凸性などについて、大幅に整理が進んだ。 春の学会は KNST 関連の講演は一つだけなのだが、これなら、もっとたくさん申し込んでおいてもよかったなあ。 もちろん、いろいろなことが分かれば分かるほどに、より分からなくなることもたくさんあるのであるのである。


と、わたしが真摯な物理学者として切磋琢磨しているあいだ、某シンクタンクに勤務する傍ら膨大な翻訳・執筆をこなす売れっ子であるところの山形さんは、な、な、なんと、Perfume のメンバーの一人(かしゆか、らしい)とパーティーでお話していたというではないかっっっ!!
さらにぱひゅーむ/3 もいて親しくお話などしたのだようらやましいかね田崎君。最近の噂 2008/12/25
どぴゃ〜〜〜。 23 日に二十歳の誕生日を迎えたばかりで絶好調のはずのかしゆかとリアルで対面して彼女と同じ空気を吸い本人の発するオーラをその場で感じるなんて。そして、あの形容しがたい独自の可愛い声を、マイク・電子回路・通信網・電子回路・スピーカーなどなどを介さず、本人が声帯によって空気に伝えた振動をそのまま空気の振動として耳で聞くのは、いったいどんな感じなんだろうかっ!!!

な、などと、取り乱すとお思いでしょうが、や、山形さん、ぼ、ぼくは、あくまで Perfume の楽曲を愛好しているのであって、メンバーと会うなどということは、言ってみれば、まあ、その、あ、あれです。ええと、山形さん、これからも仲良くしてください。


と、話がそれてしまったが、気を取り直して、以下、最近のことを適当に思いだして書いておこう。
就職説明会

20 日の土曜には、理学部学生向けの就職説明会というイベントがあった。 企業で働いている理学部の卒業生たちを招いて、在校生たちに、それぞれの業界の様子や就職の心構えなどを直に伝えてもらおうという企画。 こういう風に卒業生が後輩を大事にするところが学習院らしい。

ぼくも学科主任として、卒業生たちとの昼食会から参加(お弁当がおいしい)。 物理学科での教え子も何人か来てくれている。 雑感のコアな読者(?)にはお馴染みの K 君(いっぱい出てくるけど、たとえば 2001/9/4)も、今や立派なヤンキーエンジニア(自称)となって、後輩たちのために母校を訪れてくれた。

昼食会に出席した流れで、ついでに全体の説明会にも参加して、みなさんのお話を聞いた。 それぞれにためになる話だったが、とくに、営業や人事での経験の長い人たちのプレゼンテーションの巧みさには脱帽。 さらに、企業での面接の心得の説明をしてくれる人もいたんだけれど、

「A ですか、B ですか?」という二択の質問が出たら、「○○○なので・・・」と理由から話し始めずに、まず「A です」という風に答えを述べ、それから「なぜなら、・・・」と理由を話すこと。
というのには大いに賛成。 実は、ぼくが「大輪講での発表について」で(「はい、いいえ」質問について)書いていることと同じなのだ。 さがすのは面倒そうだから、そっちも引用しておこう。
「○○○○ですか?」という「はい」、「いいえ」で答えるべき質問をされたら、まず明解に「はい」か「いいえ」かを答え、それから詳しい説明に入るべきである。 プロが発表する学会などでも、鋭く「その結果は、結局は○○○○という意味なのではないんですか?」と聞かれると、「はい」と言わずごちゃごちゃとしゃべってごまかそうとする人を見受ける。 科学に関わる者として許し難い態度なので、皆さんは、決して真似しないように。
物理学会などでの、しゃきっとしないやりとりに苛立っている雰囲気がよくでていますな。

全体の説明会のあとは業界別の個別説明会。そちらは、さすがに失礼して、いろいろと雑用を。

個別説明会も終わったあと、K 君とコーヒーを飲みながらつもる話を。 彼の最近の仕事について聞いたけれど、まあ、それについてはここには書けないなあ。

それにしても、K 君と話していても、みなさんの説明を聞いていても、最近の景気の悪さがくり返し話題になる。 なんというか、人類が石油を全て使い尽くしたとか、大寒波で農業が打撃を受けたとか、そういう分かりやすい物理的な理由で景気が悪いなら、まあ、そんなものかなとも思えるかも知れないけれど、とくにそういう分かりやすい理由なしに景気が悪くなってしまうというのは、なかなか、なっとくできないよね。 もちろん、経済という巨大システムというのはそんな単純なものではないということなのでしょうが。 ま、そういう話題は小島さんとかにお願いしよう(小島寛之ブログ「急激に退行する世界にて」)


12 月 11 日の集中講義

毎週木曜日にやっていた集中講義だったが、12 月 3 日はお休み。 最終回の案内は以下のとおり。

集中講義のお知らせ
大自由度系の物理と数理 田崎晴明
11 月 13, 20, 27 日、 12 月 11 日(13 時 30 分 〜 18 時)
立教大学 4 号館 4340 教室(キャンパスの地図

最終回は、 「3. ハバード模型と強磁性の起源」です。 これまでの講義とは(精神的な関連はあるけれど)独立した内容になります。 ハバード模型の入門から出発し、行けるところまで。 終わった後には、有志で池袋に飲みに行く予定(もちろん、どなたでもどうぞ)。

ハバードモデルについても、二年前の駒場の講義の反省点をもとに大幅な構成の変更。 イントロをそれなりに丁寧にやったあとは、 長岡強磁性は紹介程度に留めるかわりに、もっとも簡単な格子点三つ・電子二つの例(ぼくにとっての「心のふるさと」である例題)を詳しく紹介。 Tasaki model での flat-band ferromagnetism の出現もかなり丁寧に説明した。 で、ほんとうに非自明な結果である、特異性のない Tasaki model の扱いを話しているあたりで、どんどん時間が遅くなり、聞いているみなさんも大変そうに。 最後は、(Tanaka-Tasaki の PRL とは違う、もっと分かりやすいバージョンの)金属強磁性の話をするつもりで(新たに)用意していたのだけれど、無念だけれど、そこまで行かず時間切れ。

モデルの意味と、いくつかの結果の意味と意義は伝わったと思う。 ただ、強磁性の起源が如何に難問だったかを伝えるのは難しい。だいたい、(特別な場合とはいえ)解決したからこそ、こうやってしゃべっているわけだし。

ぼくの研究者としての人生という観点からみると、 前回に話した Haldane gap 関連の話題は、若いポスドクとして Princeton に行ったぼくが、幸いにも超大物たちとのすばらしい共同研究に参加・貢献し、さらに、その先をがんばってやったぞという話だった。 今回は、独立して自分一人になったぼくが、独自の路線で新しい問題に挑戦し、何年も悶絶しながらがんばって、相当に非自明な結果(当社比)を出すことができたぞという話になっているのだ。

仕事の中身をみると、Haldane gap 関連は、解けて本質を突くモデルがみつかっただけでなく、そこを出発点に、端状態、隠れた秩序、隠れた対称性の破れ、さらに、高次元の量子液体、と話が意外なほうにどんどんと広がっていく楽しさと驚きがあった(これは、最近では「トポロジカルな秩序」と呼ばれているものの典型例になっているみたいだし)。 一方、強磁性の起源は、物理の問題としては遙かに由緒正しく歴史も長いわけだが、「この系で強磁性が出たぞ!」と宣言して終結という感もある。 如何にしてそんな強い結果を示すのかというところは、深入りした人には(激烈に)面白いはずだが、現象そのものはお馴染みの強磁性だからそこから先に広がる意外性はない。 まあ、それぞれに持ち味があるということだろう。


この日も五時間以上しゃべりまくった後は、十人強で池袋の居酒屋へ。 大学二年生からおっさん(=矢彦沢とぼく)まで、さまざまな年齢の男 が参加してくれた。

ぼくは、講義でへとへとの上に、翌日も朝から講義というハードなスケジュールだったので、ビールは控えめと思いつつ、けっきょく、常におかわりし続けてかなりたくさん飲んだ。 まあ、あれだけしゃべってエネルギーを使い喉が渇いてるから、飲んでもいいのだ。

とくに何か面白いことがあったというわけではないのだが、自然に盛り上がり、不思議に楽しい飲み会になった。 こうして、いろいろなキャンパスからやってきた若い人たちと学問的に交流できるのは、素晴らしいことだと思う。 今のぼくは、若い人たちと議論する機会をうんと増やしたいと真面目に考えている。 そういう意味でも、こういう場(集中講義も飲み会も)は重要である。 集中講義をするよう説得してくれて、会場を提供してくれた、矢彦沢さんと立教大学には深く感謝する。

飲み会では、いちおうゲストということになり、参加者のみなさんにおごっていただいた。 学生さんも多かったのに、たいへん恐縮です。ありがとうございました。

(ちなみに、木曜日に、話しまくり遅くまで飲んでいたわりに、翌日の金曜は元気で講義やゼミをやっていた。なんか、勢いがついたみたいだ。)


12 月 8 日の忘年会

あ、そうだ。理学部教職員の忘年会というのもあった。 ぼくは今年は幹事(かつ、アトラクションの司会)だったのだ。

忘年会準備期間は、超ハイパー多忙(当社比)の時期で、いろいろ会議も多かったのだけれど、忘年会の企画の打ち合わせの会議には喜々として顔を出していた。 プレゼント交換や、チーム対抗のゲームの企画などを相談する。 ぼくは、昔から、この手の企画仕事が好きで、 「いや、飯高さん(←数学科からの幹事は、あの飯高茂さんだった!)、そのゲームだと盛り上がらないですよ」 などと、普段の会議とは違って、元気に激論を交わすのであった。

結局、今年のゲームは「パネルクイズ式ジェスチャー」になった。

ま、普通のジェスチャーなのだが、「事務・図書・工場」、「生命科学」、「数学」、「化学」、「物理」の五つのジャンルについて、それぞれ、20 点、30 点、40 点、50 点の問題が用意されている。つまり、全部で二十題。 四つのチームは順番にいずれかの問題を選び、それを一人の代表がジェスチャーで表現し、チームの残りメンバーがそれを当てるというゲーム。 代表が問題を見てから一分以内に正解がでれば、その問題の得点が加算され、正解がでなければ何もなし。 当然ながら、点の高い問題は難しいし、各々の問題の専門性は高いので、代表の人選と問題の選択に戦略が必要になってくるわけだ。

ゲームのレベルは驚くほど高く、ぼくら幹事が正解はでないだろうと思っていたような問題もどんどん正解されていった。

「化学の 50 点」だった「d 軌道」は個人的には難問だと考えていた。 しかし、実際にやってみると、なんのことはない。 化学科の若手が落ち着いて手の動きで空中に電子軌道を描き出すと、年配の化学科教授がうなずきながら確信をもって「d 軌道」と正解を出してしまった。 ううむ、さすがプロ。

ぼくが出題した「生命科学の 50 点」問題は「ミトコンドリア」。 形態で表現するのはほぼ不可能で、代表の腕が問われる(ぼくが考えていた「模範解答」は「水戸黄門」の決めシーンを再現するという駄洒落系)。 しかし、これも(制限時間ぎりぎりとはいえ)正解が出てしまったからおそろしい。 代表はじたばたしながら、ハアハア呼吸していたのだが、なんかそれで分かるらしい。 ちなみに、「生命科学の 40 点」の「進化」を熱演しているときに、チームメイトから「ゴルジ体!」という回答が出たのは笑えた。どんな風にやると、ゴルジ体っぽいんだろ?(でも、進化も正解が出た。) ロシア人のポスドクの M さんも、われわれよりも頭二つ高い巨体で「アフリカツメガエル」を熱演して大好評を博した(しかし、でかいカエルだ!)。

「物理の 50 点」の「対称性の自発的破れ」には、他ならぬ高橋理学部長が挑戦。 長い教授会の議長を終えた疲れも見せず、自らスピン(なのかな?)になって、倒れて見せたりする大熱演だったが、けっきょく「対称性の破れ」までしか行かず、不正解。

こうやって各分野の 50 点問題をみていくと、数学の問題はさぞや難しいだろうという期待が高まるところ。 だって、「ポアンカレ予想」とか「タイヒミュラー空間」とかを体の動きで表現するのは、ほんと大変そうである。 ところが、(負け気味だった) C チームが意を決して選んだ「数学の 50 点」の問題は「無限大」。 代表者はあっけにとられつつも、すぐに空中に「∞」の記号を描き出し、回答するチームメートも、こんな簡単でええんかいなと半信半疑になりつつも「無限大?」と答えて、早々に終了。 もちろん、この(やさしすぎる)問題を考えたのは、代数幾何の世界的権威の飯高さんだ。 会議のときに、それは簡単すぎるとかなり説得したのだが、彼は「意外と思いつかないものですよ」と主張したのだった。 大数学者の「難しい、やさしい」の感覚が、如何にわれわれとはかけ離れているかを表す愉快なエピソードがまた一つ増えた。 (ちなみに、「数学の 40 点」は「ベクトル」。これもやさしすぎるので、「せめて『ベクトル束(ベクトルバンドル)』にしましょう」と会議で主張したのだけれど、賛成してもらえなかった。 「いや、『ベクトルバンドル』というのは、難しい概念だとぼくは思いますよ」と飯高茂その人に言われて、言い返せるはずもないのだ。)

実をいうと、われわれ忘年会幹事は「ミトコンドリア」や「対称性の自発的破れ」をはるかに越える難問を用意していた。 それは、「事務の 50 点」の問題の「S 事務長」。 今回、唯一の人名問題であり、また、唯一の身内ネタでもある。 もちろん、事務長の S さんも忘年会には出席されているわけだが、今回のジェスチャーでは「(「電球」という問題のとき照明の電球を指すなど)実物を指で示すことは禁止」という厳しいルールを設けている。 そうなると、S さんの仕草や特徴を模写するとか、事務室の配置を描いて見せて事務長の座っている席を指すとか、なにか猛烈に難しいことをしないかぎりは、正解を引き出せないことになる。 これはなかなかどうして至難の業である。

ただし、この超難問が比較的やさしくなる状況がひとつだけありうる。 ジェスチャーで実物を指で示すのは禁止なのだが、「(たとえば「鼻」という問題で自分の鼻を指すなど)自分自身の一部を指で示すことは許す」ことにしてある。 つまり、もし S さんご自身が代表として出てきて、しかも、たまたま「事務の 50 点」の問題を選んだとすると、彼は何らかの方法で自分を指して正解を導きうるということになる。 とはいっても、たまたま S さんがその問題にあたる確率などきわめて低いに決まっている。

さて、S さんがいつどこで登場するかが(ぼくら幹事には)興味のあるところだったのだが、なんと、ゲーム開始の一番最初の代表として A チームから出てきたのが S さんその人だった。 この時点で、ぼくは「S さんが自分自身の問題を選ぶ」という「奇跡」はおきなかったと確信した。 なにしろゲームは始まったばかりだから、リスクの高い 50 点問題を選ぶ人はいないだろう。まずは、手堅く 30 点あたりの問題から攻めて、難易度をみきわめるのが普通の戦略だ。 だ が、 司会のぼくが「さあ、どのジャンルの何点の問題を選びますか?」と尋ね、S さんが特に決めかねてきょろきょろしていると、彼のチームメートから、な、なんと「事務の 50 や! 事務の 50 行こう!」という声が出た。 有機化学をベースに大胆に創薬科学に挑戦してバリバリと成果を挙げている化学科の若手教授 N さんだ。 ただし、もうけっこうお酒を飲んで赤い顔をしている N さんは、既にどう見ても「酔っぱらった関西人のおっちゃん」である。 「え? 最初から 50 点でいいんですか?」とぼくが聞き返しても、関西弁のおっちゃんが「事務の 50 や! 行こ行こ!」と騒ぐから、他のチームメートも何も言い出せない。 ぼくが秘かに「こいつは、真のギャンブラーだ」と関心していたことは言うまでもない。 こういう「押しの強さ」と強運は、彼のいるような競争の激しい分野では重要だろう(もちろん、科学者としての一流の実力がある上での話だよ)。

S さんは、もともと物静かでとても真面目な方だ。 だから、「S 事務長」とご自分の名前が書いてある紙を(こっそり)見せられても、ただただ当惑するばかり。 いかにも弱った・どうしようという雰囲気で、チームメートの前にきょとんとした表情で立って、時折、自分のほうを軽く指で示したりしている。 とうぜん、チームメートも混乱し、なにやらランダムに近い答えが次々と出る。 が、そこで、ニヤッと笑いながら「事務長」と正解を出したのは、井田さん。 何たる鋭利な勘。 こういう直観力がなければ、ブラックホールのトポロジー変化の定理の証明はできないのであろう。

かくして、われわれ幹事が用意した最強の難問は、S さん、N さん、井田さんの絶妙の連携プレーにより(というか S さんは大きな流れに翻弄されていたって感じだろうけど)あっさりと攻略されてしまった。 しかも、これがゲーム開始後の最初の問題だったのだ!  そして、A チームが最初から 50 点問題を回答してしまったため、ぼくら企画者の意図とは違って、みんなが高得点を狙いまくるアグレッシブなジェスチャーゲームが展開されたのであった。

いずれにせよ、職員も教員もいっしょになってそれぞれの個性を出し、楽しいゲームになった。 こうやって、全員で気楽に遊べるという手頃なサイズも、また、学習院の理学部の魅力なのである。


2008/12/29(月)

さあて、いよいよ年末。

だからどうってことはないけど、昨夜は妻と二人で小さなライブへ行き、今日は、ひたすら家の中にワックスをかける。やっぱ年末っぽいではないか。

「少し前のことを書くよシリーズ」の続きで、11 月のことをいい加減に思い出しながら少しだけ書いておこう。


11 月 1 日のセミナー

11月1日の午後に、東工大経済物理学セミナー(大岡山キャンパス)で話をします(セミナーは1時半からですが、ぼくの出番は3時半くらいからか?)。
「非平衡定常系の物理学にむけて」という題ですが、非平衡物理への入門的な話です。 古典力学と平衡統計力学の知識だけで、線形応答、相反関係、ゆらぎの定理(および、小松・中川表現、KNST による拡張熱力学関係式)とはどういうものかが分かるという講演にしようと思っています(ほとんどの部分は 7/31 にやった「読み切り講義」と共通です(ただし、今回はちゃんとスライドを清書する(つもり)))。

セミナーを主催している高安夫妻とは昔からの仲良しなのだ。 彼らの前で話すのはとても久しぶりなのだが、気楽に話に行った。

セミナーのスピーカーは三人。一人目の W 君は、実は学習院出身のわが教え子である。 企業収益の確率モデルで、収益の分布などを見る話で、それなりにピントがあっているので、いろいろと(厳しい)質問をしながら面白く聞いた。 W 君の答えを聞いていると、彼がしっかりと理解して話していることはよくわかるので、大いに成長したなと感無量なのだが、話し方のほうはやや成長ぶりが少ないかなという感じなので、ぜひがんばってほしい。 それにしても、W 君が(時たま)パニックになって訳の分からないことを話し始めると、聴衆のなかでいちばん大受けしてキャハキャハと楽しそうに笑っているのが高安美佐子さんなのには、驚くというか感心するというか・・・  指導教員なんだよな(そういう意味でも、大学院生と先生の距離の近い、楽しそうな研究室だという印象をもちました)。

二人目のスピーカーの東工大の奥村さんは、インターネット上のテキスト、とくにブログの自動解析について。 それなりにネット上で文章を書いている身としては興味深い話である。 「RSS を自動生成するブログと、そうでないテキストサイト」というような話もでたので、セミナーが終わった後で

「ぼくも web 日記を html 手打ちで書いているのだけれど、それだと(なんだか知らないが)RSS というものが生成されないらしいので、読者に不便をかけているかも知れない。どうすればいいでしょう?」
と尋ねてみた。 やはり彼こそがこの質問を尋ねるべき人であった。 奥村研究室で「なんでも RSS!」というサービスをやっているから、それを使いなさいということだった。

というわけで、11 月からは、この「日々の雑感的なもの」も(実は、何なのか未だにわかってはいないのだが)RSS を生成するようになっているはずなのだ。 ページの左上で手動で RSS を登録することもできるけれど、自動的に登録するようにもなっているのだと思う。 ただし、ぼく自身が RSS をまったく使わないので(というか、しつこいけれど、RSS が何の頭文字なのかも知らないので)、このページの RSS が使いやすいのかどうか全くわかりません。 何かお気づきのことがありましたらお知らせください。

三人目のスピーカがぼくで、上の案内のような話をした。 高安秀樹さんは、さすが相変わらず鋭く、まさに悩むべきところで悩んで適切な質問をしてくれた。

今回のセミナーは土曜日だったため、かつて物理を研究していて今は企業にいらっしゃる方が二名聴きに来てくださっていた(一名は昔からよく知っている人だが、もう一名はメールのやりとりしかしたことがなかった人でお会いできてよかった)。 これはなかなかよいことである(そういえば、「統計物理学フォーラム」という、東京地区の統計物理研究者の合同のセミナーを不定期に土曜日にやるはずだったのに、ちっともやってないなあ)。

終わった後の飲み会もなかなかの盛り上がりで、楽しい一日だった。


「統計力学」の校正

11 月の前半までは何と言っても、「統計力学」の校正で大わらわだった。

いろいろと印象深いことはあるが、忘れられないのは、再校(つまり、著者にとっては最後の校正)を編集者にわたす前日に、グランドカノニカル分布の導出について I 君が質問に来たことだ。 説明の通りにちゃんと導出すると、粒子数の階乗が出てこないのではないかという。

I 君の論理的な正確さには昔から定評がある。 ぼくの数学の講義ノートにも、I 君が不備を指摘してくれたり、証明を作り直してくれたりして書き直した部分も少なくない。 とはいっても、統計力学については、I 君は初学者。 一方、ぼくは統計力学には古くから慣れ親しんでいるし、そもそも、本に書いてあるグランドカノニカル分布の(粒子が区別できる場合の)表式が正しいことは(他の部分との整合性からしても)完璧に明らかなのだ。

さて、この状況でどちらを信じればいいか?

答えは自明で、I 君の疑問には絶対に正当な根拠があると考えるべきなのだ。

われわれのように、その世界にどっぷりと浸かっていて、かつ、答えを知っている場合、ついついロジックが甘くなる。 先が見えているので、微妙に危ない論理や、二通りの意味にとれる説明があっても、それに気付かず、自然に正解にむけて進んでしまう。 さらに、初心者であっても、多くの読者は、まず結果をなっとくし、それから導出の部分をさらりと流すので、細かい部分はついつい気楽に見逃してしまう。 I 君のように、先入観を排して、敢えて徹底的に論理を一つずつ吟味しながら進むことで初めて見えてくる不備というものはある。 そして、本として世に問う以上は、そういう不備もとことん排除しなくてはいけないのだ。

I 君が疑問に思った箇所を吟味していくと、まさに、彼の言うとおり。 そもそも粒子が区別できる系を扱うと書いてあるだけで、実際に、どうやって状態数をカウントするかについての明示的な宣言が抜けている。 さらに(こっちがより致命的だと思うけど)、名前のついた粒子たちを系とリザバーに割り振ったとき、どうやって名前をつけ直すかのルールがまったく書かれていない。 丁寧に書いているつもりで、筋が完全に抜けていた。 随分と多くの人が読んでくれたはずなのだが、やっぱり、不備があったわけだ。

この期に及んで非自明な修正をするのは勇気のいることだが、これは放置できない。 必死でプランを練って、論旨を明確にする最小限の修正を加える。

これで、出版されているバージョンは、I 君にもなっとくしてもらえるものになったと信じている。


インタビュー「物理学者の生活」

予定表をみると 11 月 4 日。 なんだか、やたらと忙しい時期なのに、この日の午後は、電話でのインタビューを受けている。

某地方テレビ局でやっているバラエティ番組のなかの「いろいろな職業の人にテレビ電話でインタビューする」という短いコーナー。 ぼくと同じ日の、ぼくの前の人は「彫り師(入れ墨を彫るお仕事の人)」だったので、まあ、たしかにバラエティに富んでいる。

番組の方針で、名前はイニシャルだけで顔はぼかす。 とはいえ、声は変えないし、だいたい非平衡がどうしたと話すので、ぼくを知る人にはもちろんバレバレのはずだ。

スタジオに行ったり、あちらからスタッフが来たりとかするのは大変そうだけど、今回のは、宅急便で送ってきたカメラ付き携帯電話に向かって話をするだけという気楽な企画。 さらに、(たとえば、ニセ科学と(翻訳した)『「知」の欺瞞』に関連して対談してほしい、みたいに)話が面倒だったり、(「○○で××すると△△するのは、□□の原理によるものです」と解説する科学者をやってくれ、みたいに)インチキ臭くはなく、ただ、物理学者ってどういう人でどういう暮らしをしているんだろう、という気楽な話題。 さらに決め手になったのは、インタビューするのが今田耕司さんと東野幸治さんだったということ。 彼らは、むかしの「ごっつうええ感じ」の頃によく見ていて、とくに「放課後電磁波クラブ(←知らない人は検索しないほうがいいと思います。とくに、画像検索はやめたほうがいいよ)」というキャラが強く印象に残っていたので、彼らの名前を聞いたとき、反射的に、インタビューを受けることをオッケーしてしまったのだ。

テレビ電話と聞いていたけれど、けっきょく、こちらのカメラ付き携帯のモニターには、ぼくの顔がうつっているだけで、スタジオの様子はわからない。 電話越しにあっちの声が聞こえるわけだけれど、あちらで盛り上がってわいわいと話が進んだりすると、こっちには何を言っているかよく分からなかったりして、どうも話しづらい。

とはいえ、あちらはプロなので、上手に話を進めてもらって、それなりに盛り上がっていたと思う。 物理学者は(おおむね)仲良く楽しく物理をやっていることとか、ノーベル賞をとった三人は物理の世界では既に十二分に尊敬されているので賞をとったくらいで大して変わらないこととか、普段の生活の様子(講義、会議、雑用をこなす以外は、結構テキトーで、好きなように研究をやっている)とかを話した。 また、途中でミニ講義というのもあって、「放課後電磁波クラブ」の N 極くん、S 極くんに絡めて(←検索はしないでおこう!)磁石の磁性の起源が電子の磁気双極子であること(もちろん、「磁石には N 極と S 極があるけれど、磁石を二つ、三つ、四つとぶちこわしても、あいかわらず、それぞれに N 極と S 極がある!」とか「限りなく小さい電子にも N 極と S 極がある!!」みたいに話した)、また( N 極くん、S 極くんのような)モノポール(磁気単極子)は存在する可能性が指摘されてはいるが未発見であることなどを、ホワイトボードに絵を描いて説明した。 これは、実際に面白い話だと思うし、けっこう面白がってもらえたんではないだろうか?

自分では様子が分からないので、見苦しい痛いトークになっていたらどうしようとちょっと不安だったのだけれど、番組の録画をみたら、まあ、そんなにひどくはなかった。 編集もうまいもんだと感心した。

うれしい驚きは、スタジオには、ゆうこりん(=小倉優子さん)もいたこと。 彼女がいることを知らずにずっと話していて、最後になって、ゆうこりんが話し出したので、思わず「あ、ゆうこりんさんですか。はじめまして」と挨拶してしまった(考えたら、今田さん、東野さんには、別に挨拶していなかった)。 電話越しとはいえ、ゆうこりんとご挨拶できたのは役得であった。 あと、録画を見ていたら、ぼくのモノポールの講義のときに、ゆうこりんがすごく真剣な表情で聞き入っている様子が映っていて、これも感動。 と、ゆうこりんの話ばっかりになってしもた。


2008/12/31(水)

大晦日だが、非日常感を強く感じるのは水曜日なのに可燃ゴミの収集がないことくらいか?

昨日くらいから、カゴメ格子上の電子系に上手に磁場フラックスを入れる方法を真面目に考えていて、それなりに楽しいことを思いついている。 まあ、ここから何かができるかどうかは分からないけれど、(高麗さんが指導している)T 君の卒業研究や、このあいだの K さんとの議論などで、急にこっちの世界にもピントが合い始めたところなので、もう少し考えてみたい。

ところで、(Mielke model と Tasaki model の相違とかを知っている、ごく一部の通の人にしか面白くない話だろうけど)ぼくは、いわゆる Tasaki model を作る前に、カゴメ格子上の電子系が flat band を持ち、強磁性を示すことを知っていたのだ。

強磁性の起源について考え始めた当初から、ぼくは「心のふるさと」である三角形モデルが Hubbard ferro の(ひとつの)本質だと強く信じており、この三角形を「くっつけて」バルクなモデルの強磁性に迫ろうという明確なプランをもっていた。 教授会のあいだなんかにも、せっせと紙の裏に三角をいっぱい並べて、なんとかならんかと考えていたのを覚えている。 で、うまく flat band の状態が整合するように三角をくっつけているうちに、カゴメ格子ができあがり、対応する Hubbard model は(flat band が half-filled のとき)強磁性を示すことを知った。 ただし、当時のぼくには、この系で強磁性以外の基底状態がないことを示す方法がわからず、より扱いやすい Tasaki model の構築へとむかっていくのだった。

ちょうどその頃、学会の会場で久保健さんに会った。 実は、セッションの途中、会場の後ろでの立ち話だったのだが、ぼくを見ると久保さんが「実は、最近、強磁性で新しい話があるんですよ」とささやきかけてきた。 ぼくは即座に(自分が気付いている最新の知見を出して)「カゴメの 1/6 フィリングですか? でも、基底状態の uniqueness は言えないんでしょ?」と答えたところ、久保さんは「そうです。あ、ご存知でしたか」となっとくされた。 久保さんは Mielke の第一論文のことをぼくに教えてくれようとしていたわけだが、ぼくは(不遜にも)「自分と同じことに気づき、しかも自分は論文にする価値がないと判断したことを論文に書いた奴がいるんだ」程度にしか思わず、久保さんに文献を聞くこともしなかった。 実際、Mielke 第一論文の結果は弱いから、これだけだったら、まあそんなに大馬鹿な判断でもなかった。

その後、ぼくは必死でがんばって、ついに flat band ferromagnetism を示すハバード模型(Tasaki model)をみつけて、全ての基底状態が強磁性的であることを証明した。 ぼくにとっては、完全に自力で問題設定し、自力で予想を立て、すべてを証明した、という画期的な仕事だった。 これで、「AKLT 及びその続編の T さん」だけではなくなったぞという喜びもあったし、それ以上に、うまくできて素直にうれしかった。

だが、箱根の研究会で久保健さんに会った高麗さんが、Mielke の第二論文のことを教わってきた。 なんと、Mielke は、カゴメ格子上のハバード模型の基底状態はすべて強磁性的であることを証明していた(ぼくが、気付いたけれど、証明できないと思った結果だ!!)。 そして、それをぼくが論文を書くよりもほんの少し前に発表してしまっていたのだ。

これには驚いた。 いや、そんなものではない。 足元がぐおおおおおっとくずれて、体がぐらぐらと回るような感じがしたというのが正しいと思う。

もちろん、これは話の終わりではなく、ハバード模型の強磁性をめぐる研究のほんの出発点だったわけである。


なんか、カゴメ格子について書き始めたら、急に昔話を書き始めてしまった。 とはいえ、今日はもう寝たいし、このへんでやめておいて、後で(来年になったら)また少しちゃんと書き直すことにしよう。すんまへん。
というわけで、今年も楽しくあわただしく過ごしましたが、来年も、まあ、楽しくあわただしく過ごすことになるでしょう。

今年も、このような主要テーマの定まらない web 日記を読んでいただき、ありがとうございました。 来年もよろしくお願いします。

みなさま、どうかよいお年を。

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田崎晴明
学習院大学理学部物理学教室
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