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公開: 2011年6月18日 / 最終更新日: 2012年3月22日

放射線と原子力発電所事故についてのできるだけ短くてわかりやすくて正確な解説

原子力発電所ってけっきょく何をやっているの?

このページの目次

原子力についてもっとも重要なこと

原子炉での核反応と放射性廃棄物

原子力についてもっとも重要なこと

「放射線とか放射能ってなに?」のページの「放射線と放射性物質の物理について知っておいたほうがいいこと」のところで、ぼくらの身のまわりで物質が普通に変化するときには原子核は「びくともしない」ことを説明した。 原子力というのは、一言でいえば、普通は「びくともしない」原子核を分裂させてエネルギーを取り出す技術だ。 それを利用した爆弾が原子爆弾で、それを利用した発電所が原子力発電所。

「原子核を分裂させてエネルギーを取り出す」というのは、化学反応などとは本質的に違う現象だ。 実際、地球上では(原爆や原発のような)核分裂反応が自然に生じることはなかった(実は、大昔に地下で生じていた痕跡があるんだけど)。 原子核の物理学についての理解が進んだところで、こういう反応ができるぞと物理学者が気付いて、そして核分裂の連鎖反応が人工的に実現されたのだ。

人類は火を使いこなして文明に役立てている。 もちろん、昔は火なんて使えなかっただろうけど、知能が発達し、手先が器用になったころ、山火事の火なんかをもらってきて自分で利用することを発見したんだろう。 他の動物には火は使えないから、これは人類のすごいところだ。

火を生み出している「燃焼」という現象はもちろん化学反応の一種だ。 そして、考えてみると、ぼくら人間だって、体のなかでいろいろな化学反応をすることで生きて活動している。 つまり、めらめらと燃える火も、化学反応を利用しているという意味では、ぼくら生き物と同じ仲間なのだ。

でも、原子力は根本的なところからして違う。 原子力を生み出しているのは、化学反応とは桁違いのエネルギーが関わってくる原子核の反応なのだ。 そういう意味で、原子力は人類がもっている他の技術とはずいぶんと違っている。

別に、「違っているから,原子力は悪だ」といった短絡的な話をするつもりはない。 ただ、本質的な違いがあることは知っておいてほしい。

原子炉での核反応と放射性廃棄物

[fission] 原子炉のなかでおきている「核分裂の連鎖反応」について、ごく簡単に説明しておこう。

右の図はウラン 235 の核分裂の模式図だ。 まず、ウラン 235 の原子核に中性子という小さな粒子が衝突する。 中性子はウランの原子核をすり抜けていってしまうことも多いが、十分に速度が遅いと、かなりの確率でウラン 235 の原子核に吸収される。 できあがったウラン 236 の原子核は不安定で、すぐに、二つの原子核に分裂する。 出てくる原子核の組み合わせは決まっておらず、いろいろな種類の原子核がでてくる。 有名になったヨウ素やセシウムも、こうやって出てくる。

こうやってウランが核分裂するときに、かなりのエネルギーが出る。 たとえば、水素分子 2 個と酸素分子 1 個が結合して水分子 2 個になるときに発生するエネルギー(これが、水素が爆発するときに出てくるエネルギーの元だ)と比較すると、ウラン 1 個の核分裂で出てくるエネルギーはおおよそ 4 千万倍だ。 もちろん、ウラン 1 個の分裂ででるエネルギーはわずかだが、たくさん集めると、すごいエネルギーになる。 発電や爆弾では、核分裂をたくさんおこすことで、そのエネルギーを利用している。

核分裂をたくさんおこすための鍵になるのが、連鎖反応(れんさはんのう)だ。 右の図にも描かれているが、ウランが分裂すると、原子核の他に、2, 3 個の中性子が飛び出てくる。 これらの中性子が,別のウラン 235 の原子核にぶつかって吸収されれば、それらのウランも核分裂をおこす。 すると、そのとき、また中性子がでる。 この中性子が、また別のウランにぶつかって・・・ という風に、次々と核分裂をおこさせるのが「核分裂の連鎖反応」。 この連鎖反応を一気におこすのが原爆、じょうずに制御しながらじわじわとおこすのが原子力発電所というわけだ。

さて、ウランが分裂したときに出てくる原子核は、みな放射性同位体といわれる種類のものだ。 不安定で、崩壊して放射線を出すタイプの原子核だ。 これが、原子力発電所の「燃えかす」である「放射性廃棄物」の主成分というわけだ。

3 月 11 日の大地震の直後、福島第一原発の原子炉には制御棒が差し込まれ、ウランの核分裂の連鎖反応は停止した。 これは計画通りだった。

連鎖反応がとまったあとにも、原子炉には核分裂の際に生まれた放射性物質がたくさん残っていた。 放射性物質は崩壊して放射線を出す際に熱も出す。 そのため、原子炉がとまっても放射性物質の発熱は続いた。

そこで一生懸命に原子炉を冷やそうとしたわけだが、それが(特に最初のころには)うまくいかなかった。 一時的に冷却がとまったあいだに燃料棒が過熱し、とけ落ちてしまったというわけだ。 そして、ウランを閉じ込めていた容器にも問題が発生し、大量の放射性物質がばらまかれたのだ。

原子炉に残った放射性物質からの発熱は(事故当初よりずっと弱くはなったが)今も続いている。 これは、放射性物質が崩壊してほとんどなくなってしまうまで、何年間もつづく。 止める方法はないし、崩壊を速める方法もない。 ひたすら冷やしながら崩壊するのを待つしかないのだ。

原子炉とは別に、原子炉の近くのプール(文字通り、ぼくらが泳ぐプールみたいなところに水がたまっている施設)の中に「使用済み核燃料」が保管してある。 使用済み核燃料は、ウランを使い切ったあとの燃料棒で、大量の放射性物質を含んでいる。 これも崩壊熱を出し続けるので、せっせと冷やし続けないといけない。

原子炉や使用済み核燃料に水をかけて冷やしていれば、「火が消える」みたいに「崩壊が止まって」おとなしくなるんじゃないかという気がするかもしれない。でも、そういうことはない。 冷やそうが冷やすまいが、崩壊は同じように続き、発熱は何年も続く。 それでも一生懸命に冷やしているのは、冷やさずに放っておくと原子炉の温度が異常にあがって新たな事故を引き起こしてしまうからだ。 現場での崩壊熱との闘いはまだまだ続くのだ(応援しよう)。

今、原子炉のなかではウランの核分裂の連鎖反応はとまっている。 たまたま条件が整って再び連鎖反応が始まることを「再臨界」という。

運転中の原子炉でおきているような連鎖反応が本当にはじまってしまうと、きわめて危険だ。 これまでとは桁違いの発熱があって爆発の危険性が大幅にたかまるだけでなく、(もっとも危ない)ヨウ素を始めとした放射性物質がまた新たにいっぱい作られてしまうからだ。

ただ、そういう「本格的な再臨界」がおきる可能性は考えなくてよいというのが専門家のほぼ一致した意見のようだ。 実際、とけ落ちた燃料のなかでたまたま連鎖反応が始まったとしても、連鎖反応に適した状態がずっと続くとは考えられない。 連鎖反応がずっと続く可能性は無視してよいとぼくも思う。

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