日々の雑感的なもの ― 田崎晴明

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茶色の文字で書いてある部分は、相当に細かい仕事の話なので、ふつうの読者の方は読み飛ばしてください。


2/2/2005(水)

ぼくが少し前に読んでいた文庫本には、「巌窟王(がんくつおう)」と書いたカバーがかかっていた。 (そして、変な兄ちゃん二人の絵が描いてある。 誰だ、おまえらは?  額に「肉」とか書いてあるし(ま、「肉」はおれが書いたわけですが)。)

もちろん、「巌窟王=モンテクリスト伯」を読んでいたわけじゃなく、ぜんぜん別のもの。 (ぼくより詳しい方も多いでしょうが)なにやらアニメをやっているらしく、その宣伝のためのカバーを、本の内容とは無関係に本屋さんがつけてくれるようだ。 ずいぶんと無神経な。

という話はともかく、「モンテクリスト伯」は、ぼくにとっては想い出深い本だ。 中学一年の時、文庫本を買って、一心不乱に読みふけった本なのである。 話は単純で面白くひたすら痛快だし、かっこいいお姉さん(エデだっけ?)も出てくるし、言うことはない。 そして、何よりもうれしかったのは、小さな字で印刷した文庫本が(たしか)全六巻もあって、読んでも読んでも、まだ先があるということだった。

小学校の頃から、ぼくは起きている時間はずっと本を読んでいたいと思っているような子供だった。 基本的に、いつでも本に飢えていた。 「何年生までに何冊読んだ」とか書いている人が時々いるけど、そういう風に、「本を次々と制覇していく」みたいな感覚はまったくもっていなかった(と書くと謙虚な子供だったということになりそうだけど、「新幹線に何回乗った」と数えて友達に自慢していた記憶はあるから、別に人格者だったわけじゃない)。 ともかく、本の世界に入り込んでいるのが純粋に楽しかった。 本を読み終わってその世界を去るのがすこぐ悲しくて、最後の方になると、なるべくゆっくり読んで終わりを遠ざけたいと思っていた気がする。 でも、やっぱり、先を知りたいから、ついつい読み進んで、読み終わってしまうのだけれど。 (だから、本をさっさと読み終わろうとする(大多数の)友達の気持ちは理解できなかった。)

図書館の本も次々と読んだ気がするけど、やっぱり自分のものになった本を読み、それを本棚に並べておいて、気が向いたときにはまたその世界に入っていけるようにしておくのがうれしかった。 そういう意味では、本代も馬鹿にならないし、それ以上に、本の置き場所も大変だったろうと思う。 小学校の頃、母親がしばしば「中学生になれば文庫本が読めるようになるから、とてもいいわよ」と言っていたのを覚えている。 ま、別に小学校のあいだは文庫本を読んじゃいけないってわけでもないだろうけど、ぼくは素直に、早く大きくなって、文字がびっしりと詰まっていて、読んでも読んでも読み終わりそうにない文庫本を読むようになりたいなあと思っていた。

というわけで、中学に入る前後から文庫本を読むようになっていた。 中でも、旺文社文庫(だったと思う、なんか薄緑の厚紙の表紙がついていた)みたいに文庫とはいえ少年少女向きというんじゃなくて、無味乾燥な角川文庫かなんかで本格的にどどんと長いのを読んだ最初の本が「モンテクリスト伯」だったわけだ。

もう、今となっては、ほとんど中身は覚えていないけれど、いくつか妙に印象に残ったシーンだけはありありと覚えている。 マイナーな場面なんだけど、地方からパリに向かう遠距離通信の内容を賄賂(わいろ)をつかって改変するところは、妙に鮮明に覚えているなあ(遠距離通信って言ってもネットや電話じゃない。電信でさえないんだよね)。 あと、話の展開とは関係のない色々な蘊蓄(うんちく)の類(たぐい)にも、子供だから、いちいち感心してたなあ。 人は眠りにつくときに考えていたことを、目が覚めたとき、そのまま続けて考えているものだ --- とか、へえ、そうなんだと何年も信じていたが、よく観察してみると、ぜんぜんそんなことねえじゃんか。 あと、毎日、学校が終わった後に本を読んでいるうちに、この長い本もだんだん終わりに近づいていくると、「ああ、これもやっぱり終わりになって、この、エデや伯爵がいる華麗な世界とも別れなくてはならないんだ」などと、学校にいるあいだも寂しがっていたのを覚えている(その時の学校の風景が、中1のときだけ通った学校なので、読んだのが中学一年だったとわかるのだ)。

と、まあ、以上が、ぼくが「巌窟王」に思い入れがある理由なのだけれど、実は、この本の題名に強い印象をもったのは、自分で読むよりもかなり前、小学校の中学年くらいの頃だったのだ。

ある日、図書室にいたとき、知らない女の子が手にしていた(子供向きの短くした)「巌窟王」という本の表紙と、その題名に不思議にひきつけられるものを感じた。 そのとき、本をもっていた女の子に別の女の子が話しかけた。 ぼくが小耳にはさんだ彼女たちの会話は、さらに、この本に神秘的な魅力を付け加えてくれたのだ。

話しかけてきた女の子:「巌窟王」って、なに?

本をもっていた女の子:うん?  三百年、生きた、王様のこと。

そうか。

その表紙に描かれた白髪の老人が、なにかの魔力のおかげで三百年生きたあとの王の姿で、これは、いよいよ寿命を迎える王が若者の前に姿を現すクライマックスの場面で・・・

ぜんぜん、そんな話とちがうやないかえ!! (三十年以上たってからのツッコミをご容赦ください。)


2/3/2005(木)

Raphael がやってきて論文の相談など。 Raphael が、佐々さんとぼくの SST 論文をていねいに読んでくれて、気に入ってくれていた。 うれしいことだ。

Raphael が来日したら、栄屋さんに中華中盛りを食べに行くのが神聖な使命となって久しい。 フランスの「先生」が来てくれたというので、お店のご夫婦も喜んでくれた。 「お二人とも、少しも変わりませんね」とお世辞を言って下さるが、たしかに、このお店に来るようになってから何年もたつのだなあ。 Raphael をはじめて連れてきたのだって、かなり前だ。

Raphael は風邪気味だと言って咳をしている。 しかも、あちらで風邪にかかってこっちで発病したようなので、ヘタをすると新手ウィルスをまき散らしているかもしれない。 パリ発の最新流行?


2/4/2005(金)

妻といっしょに久々にがんこラーメン総本家へ。

店に入ろうとすると、ちょうど家元の一条さんが出かけていくところだったが、ぼくらの注文をとって話をするために、しばらくお店にいてくれた。 第一声で「明日は来られますか?」と聞くのだが、なんと、明日は特別企画で、フォアグラのスープを使いトリュフのスライスなども加えた超高級ラーメンだそうだ。 一杯 2500 円だが、それでも元は取れないのではないかとの話。

ラーメンに 2500 円というのも高いが、一条さんのイベントに付き合うだけなら食べに来るの楽しいかも知れない。 しかし、こういうときは、ファンやマニアが集まって行列するし、ヘタをすればマスコミの取材なんかもあるだろうし、それに付き合う余裕はちょっとないなあ。

ちなみに、昔、彼が「あんきも」のスープの悪魔ラーメンを作ったのは食べたことがある。 濃厚なスープの中に「あんきも」がどろりと溶けたスープには魔力があったなあ。 これがフォアグラになると・・・  と書いていると、思わず口の中に唾液が。

本日は、妻はがんこの定番の塩ラーメンを、ぼくは裏メニューの定番の悪魔ラーメンを食べる。 うまい。

満足したところで、がんばって仕事だ。


ひたすら作業の日々をつづけた甲斐あって、「Ising 本。」の一つの骨格とも言える、相転移と臨界現象の存在までの7つの章が、一通り書き上がる。

ふう。一つの山は越えたかな?

先は長いけどね。


2/8/2005(火)

一山こえたと思ったわけだが、やっぱり120ページ印刷したものが目の前に出て来てしまうと、もう不満続出で、これを原に送るわけにはいかないぞという気持ちになって、全体を読み直して赤を入れまくって修正しまくってしまう。

と、まあ、がんばった甲斐があって、本当に一山こえたと思う。 原にも原稿を送ることができた。 入試の前にここまで来たよかった。 なんか、いろいろ忘れていることがある気はするけど、せっかくピントがあっているので、がんがん「Ising 本。」の続きをやるのだ。 (けど、今日はもうビールも飲んでるし寝ます。)


2/12/2005(土)

文学部入試の試験監督。

背広にネクタイという姿で歩いていると、事務の新任の F さんに大変めずらしがっていただいた。 実際、自分でもトイレに入って鏡にうつった自分をみると、ちょっとびっくりするのだ。

試験監督は大きなトラブルもなく、さしてネタにする面白いこともなく、終了。それが、一番です。だいたい大学入試はデリケートなものなので、たとえ何か(大したことが)あっても日記のネタにはできないのですがね。

大したことないところでは、一日の試験がおわって「お疲れ様でした」とアナウンスして、最後の答案の整理なんかをしているとき、帰っていく受験生に「ありがとうございました」って感じで軽く挨拶してもらえるのは、かなりうれしいです。


と、まあ、無事におわったわけですが、体力的には、なかなか厳しかった。

ここ数日、風邪気味で咳がでるのは、まあいいとして(←というか、あまりよくないけど)、実は、ここ二、三日、妙に寝付きが悪くてベッドに入ってもなかなか眠れずに夜中に起き出し来たりししているのだなあ。 それでも早起きしたから、かなりの睡眠不足だったのです。

研究についていいアイディアが湧いて興奮して寝られないというのなら仕方ないけど、そういうのでもなくて、ただ、なんとなく寝られないのだ。 それで夜中にごそごそと起き出してきて、仕事をはじめると本当に寝なくなってしまうので、小説を読んでます。 今は Franny and Zooey を読んでおります。 やはり何度目かはわからないけれど、英語で読むのははじめて。 フラニーたんの手紙が原文で読めるのはうれしいなあ。 しかし Zooey に入ったら、最初の4ページくらい英語が難しすぎて頭に入らない。 あ、でも、ここは日本語でも読みにくかったし、そういう部分なんだろ。

Salinger の読者以外には、どうでもいいですね(←だいたひかるの「どうでもいいですよ」のメロディー(?)で)

というわけで、今夜も本の原稿をひたすら書いたので、ぼちぼち寝ます。 寝る寸前まで原稿を書いていたのがまずかったのだろうと思うことにして、今日はちょっと Zooey の続きを読んでから寝よう。

明日の夕方から採点。


2/15/2005(火)

日記に「眠れない」などと書いてしまったら、「眠れないらしいねえ。だいじょうぶ?」と、息子の友人が心配してくださっていたそうだ。 お気遣い、ありがとうございます。 おかげさまで、だいぶよくなってきました。


というわけで、ちゃんと働いて、大学入試の採点はすでに終了しております。

入試採点については、いろいろな話があるといえばあるわけですが、やはり真面目なことなので、軽々しく話題にはできないですなあ。

ともかく、今年も、「おお、こんな勘違いをする人がいるんだ、これは、この部分は理解しているわけだから、半分くらいの点はあげよう」とか「ううむ、ここまでわかっていないのは、受けた教育が悪いんだろうなあ。どこまで部分点をあげたものか・・」などと延々と議論しながら採点基準を決めて点をつけました。 ともかく、まちがい方のパターンというのは、われわれ出題者(というか、プロの物理屋)の想像をまったく越えてバラエティーに富んでいます。 個別のまちがえた答案に直に接してみて、どこでどのように混乱して、どうまちがえたかを考えて、汲み取るべきものを汲み取っていくのが、採点でしょう。

そう思うと、物理の問題で、あらかじめ答えが選択肢として提示してあって、そのいずれかを選べ、なんていう形式のやつは(ま、センター試験とか、メジャーなのがそうなっているんだけど)はっきり言って人をバカにしているよね。 そもそも、理学だろうが工学だろうが、研究や開発や製造の現場で実際に何らかの問題を解いてみようということになったとき、あらかじめ答えの候補が四つとか六つとか与えられている、なんていうことは、あり得ないわけです。 まったく答えの手がかりさえない状況で、自分を信じて、正しい道を進んでいく力が必要なのですよ。 正解の候補が与えられている中から選ぶ、なんていうことに特化した頭の使い方をしていると、頭がきわめて脆弱になりかねない。

さらに考えると、選択肢がある場合、出題者が想定したまちがい方をした人はニセの選択肢にまんまとはまって不正解になるわけですが、想定外のまちがいをした人は自分の答えが選択肢にないことから、もう一度、考え直すチャンスをもらえるわけですね。 これも妙な話だよなあ。

ま、月並みな批判だし、こういう論点はさんざん出尽くしてはいるんでしょうね。 それで、けっきょくは、「問題はあるけれど、仕方がない。必要悪だ」とかいう結論になっているのでありましょう。

でも、本当に必要か?


2/16/2005(水)

「Ising 本。」原稿を書いていると、原論文と、ぼくの計算では不等式にでてくるファクターが2倍だけ狂っていて、大いにあせる。 学生時代、「おれは、ファクターは気にしない」などと偉そうに言っていた罰があたったのか、などと思いつつ、格子ラプラシアンの定義から、格子上の部分積分(に相当する変形)やフーリエ変換をすべてチェックし直すが、どこにも間違いがみつからない。 いよいよ原にメールを書いて助けを求めようかとまで思ったが、もちろん、単に定義が違っていることに気付かなかっただけで、ぼくの計算と原論文の結果は完璧に一致していた、というありがちなオチでした。

ま、そもそも混乱に陥ってしまったというのは、今回新たに構成し直した導出に一抹の不安があったことの現れなわけで、すべて洗い直すことができたのは、よかったと思うことにしよう。


というわけで、夕方には、心おきなく、「東京事変」のツアー最終日の渋谷公会堂二階席に座っている私の姿があったのでありました。 予想をはるかにこえる素晴らしいライブで、とうぶん世界は林檎色。 『ここでキスして』を生で聴けたときは、もう満足だここで帰ってもいいやと思いましたが、帰らず最後まで聴きました(あたりまえか)。

東京事変として出した新しい曲のほかに、ちょっと意外なものも含めて、昔の曲もバランスよく取り入れた、おいしい構成。 さらに、亀田氏が新たに作曲した二つの未発表曲は、もう大変に素直においしいポップなロックで、このバンド(ないしは椎名林檎)がこれからはこういうこともやっていくんだなとファンを安心させてくれた。 また、バンドとしての完成度も素晴らしく、『現実を嗤う』『その淑女』あたりの演奏には鳥肌がたった。

最後の方の林檎の MC(←「お話タイム」のことだけど、MC っていうと若者っぽいのだ)のとき、オペラグラスで彼女の姿を見ていたら、「このホールの楽屋はあのへんにあります」と言いながら、二階席の左の方を指さすではないか。 ぼくらの座っているあたりだ。 楽屋とホールを隔てる壁が薄いので、本番前に発声練習していたのがお客さんに聞こえたかもしれない、という。 すると、すかさずその付近の客席から、「聞こえてたよー」という声が。 ええ、やっぱり、恥ずかしいと、照れる林檎さん。 このときの林檎ちゃんがかわいかった、萌えた、という声は掲示板やら web 日記にけっこうのっていたので、ここでちゃんと答えたお客さんのポイントは高いですね。 (お客さん談:「楽屋の声が聞こえたわけじゃないけど、ああ答えた方が面白いと思って答えました。 ちゃんとステージまで声が届いてよかった。 でも、あとで連れに聞いてみると、開演前に楽屋の声らしきものが壁越しに聞こえていたらしいです。 私は、開演前は、ぼけっと座りながら、ポテンシャル差のある非平衡定常状態の接触におけるアノーマリーについて考えていたので、気がつかなかったみたいです。」)


2/17/2005(木)

しばらく前から、大学の教員が匿名で書いている web 日記をいくつか、なとはなしに、見るようになっていました。 基本的には、大学教員がどういう風に時間を使って、どういう仕事をしているのかを、世間の人たちに向けて書いているのですが、匿名ということもあり、大学当局、関連する教授、そして学生たちへの不満や文句や怒りも相当に赤裸々に書かれています。 現状についての妥協のない厳しい分析や指摘、しっかりとした提案もあり、教えられるところも多く、興味深く読んでいました。 そして、これらを読みつつ、めずらしく、色々と考えてしまったのでした。

言うまでもないかもしれませんが、ぼくは、

教育・研究のプロである大学教員が、教育・研究に関連して何かを書くのなら、しっかりと実名で発言すべきだ
と考えています。 そうすることで、ぼくが何らかの意見を表明したことは誰もが知りうる状態になるわけで、必然的に、誰に知られても誰に読まれても構わないという覚悟でものを書くことになります。 当然、それに伴って、思ってはいても書くことのできない話題というのも生じてきます。 おまえはなーんにも考えずに言いたい放題を言っているではないか --- とおっしゃるかも知れません。 たしかに、ぼくの日記には、「偉い人」だの流行だの体制だのお役所の方針だのについては、普通の人は書かないようなことが平気で書いてあります。 しかし、少し注意してみれば、大学教員をやっていれば当然でてくるだろうある種のネタや愚痴が logW にほとんどない(あったとしても、ごく軽いものしかない)ことがわかると思います。 いくらぼくが脳天気でも、そういう悩みがないということはあり得ない。 これは、ぼくが logW を書く際に設けた禁則の一つなのです。

書けないことがあるのは窮屈だろうというかもしれませんが、人が何かを表明するときは、そのときの状況や聞き手・読み手のことを総合的に考えるというのは当たり前のこと。 別に、不便だとか窮屈だと思うことはありません。 むしろ、実名で書くことで、「本当にこれ書いちゃっていいよな?」と自分に問い直すという過程がはさまる(昨日の林檎の MC の話は、公開する前、何度も自分に問い直してしまった)ので、かえってよいだろうとさえ思っています。

と、まあ、ぼく自身は、そうやって納得していたわけです。 しかし --- もちろん、前々からわかっていたことではありますが --- ぼくは、今の日本の大学教員としては、かなり恵まれている方なわけです。 (少なくとも、今のところは)かなり自由に研究をする時間があり、理学部のまわりの人たちも有能でいい人たちなので過剰な事務仕事をする必要もなく、そして何よりも、基本的にはやる気があって気のいい学生さんたちに囲まれています。 実名で書けばいいじゃないか、などというのは、おまえのような立場にいる奴の贅沢な言いぐさだと言われるかもしれません。

そう思うと、より厳しい環境にあり、かつ、より弱い立場にあった場合、大学教員であっても、教育・研究に関わることがらについて匿名で発言せざるを得ない状況もありうるのか、とも考えてしまいます。

考えてしまうのですが、しかし、そう言った上で、ぼくにはまだ大学教員の匿名日記というものが完璧には納得できません。

その最大の理由は、いくら匿名にしておいても、時が来れば、確実にばれるという単純な事実です。 最近では匿名でブログを書いてバカをやった新聞記者の身元がばれたとかいう話がありますが、大学の先生が日々の出来事を書いている場合は、もっと話は単純で、知っている人が見れば一発でわかってしまうはずです。 要するに、いついつ会議があり、いついつ入試で、いついつ試験監督と書いていけば、狭い世界なのであっという間に候補は絞り込まれてしまうでしょう。 それを避けるために意図的に嘘の情報を挿入したり日付をずらしたりという対策を施している可能性もありますが、完全に臭いを消せるほどに、そういう情報操作ができるかどうかは大いに疑問です。

日記が話題になって、多くの人が読み、たまたま身元を特定しうる人の目にも触れるということが、いつ起きてもおかしくないでしょう。 そうなったとき、「○○さんが匿名でこういういことを書いていた」と大学の同僚たちに知られても大丈夫か、そして、教育に携わるものとして、なんと言っても、「○○先生が、匿名で、自分のことについてこういうことを書いていた」と学生さんに知られても大丈夫か、というところまで考え、覚悟をした上でなくては、匿名日記は書けないと思うのです。 そういう意味では、最初から覚悟をしている実名の日記よりも、(いつでもばれる可能性のある、そして、ばれたときにはセンセーショナルに扱われかねない)匿名の日記の方が、はるかに危険だと言っていいと思います。 (もちろん、書いていることがわかったとき「ははは、ばれちゃいましたねえ」と笑えるくらいの覚悟で書かれている場合は、それはそれでいいと思います。)


ご存知の方も多いでしょうが、ぼくが上で話題にした匿名の日記のうちの特に内容の重いものが、最近、ぼくの見ている複数の web 日記からリンクされました。 そのため、その日記へのアクセスが急に増えたらしく、日記の書き手の方は日記の公開と更新を一時的に中断されています。

この判断は正しいとは思いますが、ネット上に文章を堂々と公開していた以上、百単位のアクセスがあった程度で方針を再考するというのは、いささか考えが甘かったと思います。 今回は、まあ、ほどほどのアクセスですんだようですが、ヘタをして(という言い方も変だけど)もっとメジャーなところからリンクされていれば、一気に一桁も二桁も多いアクセスがあったかもしれない。 そういうのは、来た後でわかるものでしょうから、気づいたときには、もう大量の人の目に触れた後、ということになります。

また、今まで書かれた内容を非公開にしてやり過ごそうとされているというのも、かなり危険に思います。 いったんネット上に公開したものは、いくら自分が引っ込めても、いろいろなところにキャッシュとして残っているかもしれないし、あるいは、誰かがまるまるコピーしているかもしれないわけです。 本当に話題になってしまったとき、本人が日記をやめてすべてを消してしまっても、どこかの誰かが、そっくりと同じ内容を再現するページを作って公開してしまうかもしれない。 匿名のままでは、そういうことに抗議することもできないでしょう。

というわけだから、その匿名の日記を「アクセスが少なくなったら再開する」というのは、まちがった選択だと思います。 次に話題になってアクセスがバーストしたときには、もう取り返しのつかないところまで一気に行ってしまうかも知れない。 すべてを承知した上で文章を公開する覚悟を決め体勢を整えないうちは、匿名の日記で重い批判を展開するというのは、絶対にやめるべきだと、ぼくは思います。

というわけで、以上の文章を書いた主たる理由は、その匿名日記の書き手に注意をうながすことなのでした。 別に、ぼくがネットのトラブル等にやたら詳しいというわけではないですが、ぼくの判断はそれほどまちがっていないと思っています。

もちろん、彼がぼくの雑感を読んでいる可能性は猛烈に低いわけですが、匿名の彼に連絡する方法がない以上、ここに書くくらいしか、やりようがない。 どなたか、彼をご存知の方、あるいは、彼と同じような危険を匿名日記でおかしている方をご存知だったら、是非とも再考を促してあげてください。 (なんか、今日は、妙に説教臭いな。)


2/18/2005(金)

ぼくが「物理の問題で選択肢方式とはいかがなものか」などと脳天気で時代錯誤の文句を言っている(15 日)あいだにも、世間のお利口ちゃんな人たちのお考えになることはぼくらの想像力をはるかに越えていることを証明するかのように、「小論文、コンピューターで自動採点 入試センターが試作」なんてのが話題になっている。 もーこんなのダメダメじゃんかみたいなことは皆さんが書いているだろうから(ナカムラさんも、寛容な愛に満ちたタイトルで批判を書いてますな)、もうぼくがごちゃごちゃ言うのはやめよう。

いずれにせよ、もし本当にこれで大学入試をやろうとか言い出す人がいたら、それは、もう頭がおかしいということだと思う。 ただ、頭がおかしいような話が堂々とまかり通ることも少なくない。 頭のおかしい人をきちんと説得するのはきわめて困難だから、そうならないことを祈るばかりじゃ。

それにしても、なんでこんなシステム作ろうと思ったんだろうね。 やっぱり、あれか? 流行の、あれ。 ゲーム脳、ネット脳、人工無能しか話し相手いない脳?? (最後の部分は冗談ですよ。そりゃ、システム作った人は仕事でやらされたんですよね。その仕事をさせた奴は、やっぱり、あれか? 流行の、あれ。・・・)


しかし、この話を読んで、ひっかかるのは(ナカムラさんも指摘しているけど)
理想の小論文として全国紙の2年分の社説、コラム計約2000本を記憶
という部分だなあ(「全国紙の2年分の」が「コラム」にかかるのかどうか、微妙に不明確な文章だが、ま、ここはかかると読むしかないよね)。

「理想の小論文」が新聞? これは、単に流通形態だけを見ても、まずいと思いません? 新聞っていうのは、基本的には、やたら膨大な部数印刷されてもほとんどは全く読まれず、読まれるごく一部だって食事の席とかで斜めに読まれてそのまま捨てられていく --- というものなわけだ。 そういうところに、みなさん、一分一秒を争うような大あわてのペースで文章を入稿するらしい。 新聞に書いている人たちは、もちろん、ものを書くためのある種の技術はもっているだろうけど、基本的には、そういう「読み捨て」の形態を前提しに、それに適応してものを書いていると思っていいはず。 そういうのが文章の規範になるってのは、まずいでしょう。 ぼくが新聞屋さんだったら、自分でもまずいと思うだろうなあ。

じゃ、何を手本にすりゃいいんだよ、というツッコミが当然あるでしょう。 そうだねえ、なにがいいのかなあ? なにがいいか、さっぱりわかんないねえ --- というのが、実は、ぼくが言いたいことなのだ。

これは、要するに、日本でずっとおこなわれている国語教育なるもののあり方への愚痴にもつながっていく話なのだ。


だいたい、ぼくらは、小学校から高校まで、たっぷりと国語の授業を受けてきたけれど、文章を論理的に構成してきちんと書きつづっていく方法を教わったことは,まったくないと言っていいんじゃなかろうか?

そもそも、国語の教材というのが、昔の名作の抜粋(漱石の小説の一部分だけ切って教科書に載せるやつって、小説とかぜんぜん好きじゃないんだろうな。だったら教科書つくる仕事するなよ)とか、気の利いたエッセイとかの寄せ集めで、それを素材に何をさせたくて編んであるのかちっともわからなかった。 今もわからない。 基本的には、「読む技術」を鍛えるための教材だったんだろうけど、ただああいうのを教室で朗読したりするだけじゃ、別に「読む技術」は大して向上はしないと思うのだが。 想像するに、教えていた国語の先生たちも、自分たちは何をやるべきなのか本当のところはわかっていなかったんじゃなかろうか? (ぼくの場合、高校のときの W 先生だけは例外。 彼は、文章の構造を見いだしそれらが語る意味を抽出すること、詩の言葉を論理と感性をともに使って解読すること、などを教室で実行してみせてくれた。 要するに、ぼくらが講義で目指している「プロの思考過程の縮小版的見本を生き生きと描く」ことを国語教育で実践していたのだ。 彼は古典の研究者で、けっきょく、ぼくらが卒業してすぐに大学に移ってしまった。 要するに、これは W 先生だからできたことで、日本の国語教育のシステムとは無縁の話である。)

よりまずいのが作文。 ぼくらは、字が一通り書けるようになったころから、相当に自由なテーマで作文を書かされまくってきた。 しかし、けっきょくのところ、何を学ぶために、どういう作文を書くことが求められているのかは、はっきりしないままだった。 先生たちも、よくできましたと書いてくれたり、字の間違いを正したり、時には表現をなおしたりはしてくれたけど、実際には、本当のところ何を目標に指導していいのかは、わかっていなかったんじゃないだろうかと思う。

どう考えても、こういう漠然としたことだけをやらせるのじゃなく、文章をきちっと書くトレーニングにもっと時間を割いた方がいいと思う。 もちろん、作文で自分のオリジナルな考えや感性を表現するのは重要なことだろうけど、最初から、それをやるのは無理な相談でしょう。 ピアノだったら叩けば音が出るからと言って、急にピアノの前に座らせて、あなた自身を表現するようなオリジナルな音楽を奏でて下さい、っていうのは無茶な話だけど、今の作文教育は、それに近いよ。

「は」と「が」をどう使い分けるか、内容に応じて文末をどう処理するか、会話を文中に取り入れるときどうするか、とか、とか、やっぱりきちっと習っておくべきだと思えるテクニックはたくさんある。 簡単な文章の誤りを正させるとか、長い文章の要約をさせるとか、いろいろな方法で、ある程度のテクニックをシステマティックに教えるドリル的な教材はぜったいに作れるはずだ。 やっぱり、最初は、そういうのをやるのが当たり前でしょう。 作文にしても、なんでも自由に書かせるんじゃなくて、テーマと手法を限定した課題として書かせるような形式がもっとあっていいと思う。 日頃はそういうのをやっておいて、学年文集とか、そういうときに、思いっきり個性を発揮する自由作文をやればいいんだよ。

国語教育の、少なくとも多くの部分は、システマティックに教えられる部分についての教育の方法論や教材を開発して、試行錯誤や論争を重ねて改善していく営みじゃなくてはならないと思う。 (こういうことを書くと、すぐに「型にはまった文章しか書けなくなる」とかいう人がいそうだが、それは違うんだな。 最低限の型とモードを知っていてこそ、それらをぶちこわして新しいスタイルを作ることができるんだよ。 こいういことは、かなり昔(2001/8/16)話しことばについて、書いたことがある。)

実は、このあとに、「作文よりもさらにまずいのは読書感想文」という出だしで、読書感想文が如何にアホか、こんなものを温存している国語教育者たちはあまりに安易だということを書き連ねたかったのですが、もう時間がないので、今はやめておこう。


上の小論文の採点の話に戻せば、こういう基本的な文章書きのテクニックを如何に教えるか、という方法論がもっと充実していれば、自ずと、こういう自動採点のデザインもしぼられてくると思う。 それぞれのポイントをチェックするにはどういうところを見ればよいかなどが決まってくるはずで、わざわざ、新聞のコラムをもってきて、妙な学習をさせるとかいうあやふやな戦術をとる必要もなくなるんじゃないのかな?

そうはいっても、「小論文自動採点を大学入試で使おうと思う人は頭がおかしい」という点は、変わりませんよ。 小論文に何を期待するかというのは難しい問題だけど、ともかく、人が見なきゃダメですよ。 人が書くんだから。 パターンにはまらないものを書ける人が面白い人なんだから。

それは当たり前として、でも、効率的で的確な自動文章採点システムができれば、基本的な文章テクニックの練習の補助としては役に立つ可能性がありますよね。 でも、それをやるんだったら、文章テクニックの初等教育の改革と連動してやっていかなくては、本当の効果はないと思うのだった。


と、随分と尻すぼみな長文を書いてしまったのだけれど、実は、これを書いている途中で(本当に、途中だった)yabu さんという方(予備校の先生をされている方だと思います)のブログの存在を知ってしまったのだ。 ざっと読んでみると、小論文や文章教育にプロとして関わっている方のようで、ぼくのごとき素人が上でぐでぐでと書いた・書きたかったことに近いことを(含む、より多くを)、はるかに豊富な知識と経験を背景に明快に書かれているではないか。 ぼくが駄文を連ねるよりも、彼のブログに黙ってリンクした方がずっとよかったかも、とも思ったものの、まあ、せっかく書き始めたわけだしと、ざっと一通り書いてしまった次第。 尻すぼみ気味なのは、そのせいもあるのだった。

というわけで、yabu さんの記事のいくつかにリンクし、他人の褌で本日の日々の雑感的なものをしめることにいたしましょう。


2/19/2005(土)

教授会にて

誰か:○○委員会で、○○の内規の○○という部分を○○と変更してはどうかという意見が出ておりまして、理学部としてどう思うかということを、まとめていくことになっているのですが。

理学部長:さて、どうしましょう。

ぼく:(口の中で)♪どおでも、いいですよ♪(←だいたひかる「どうでもいいですよ」のメロディーで)

けっこう、応用範囲が広いですよ。これは。
研究科委員会にて

数学の飯高さんが(そうです、あの飯高茂でっせ!)指導されている学生さんの博士論文の審査結果を報告された。 これほど素晴らしい数学者がご自分の専門分野についての話をされるのを、これほどかぶりつきで聴けることも、そうそうあるものではない。 なんせ三十人程度の小さな会議で、おまけに、飯高さんはぼくの目の前にいらっしゃる。 飯高さんは、コンピューター上にプレゼンテーションを用意され、時間計測用のキッチンタイマーも持参され、準備は万全といったご様子。

万全といったご様子ではあったが、始まってみると、画面のサイズがおかしい、あまりに準備に気を配るあまりファイルを次々とバージョンアップされたため(当日だけで、七つのバージョンを作ったとか??)どれが最新のファイルかわからなくなる、などなど一筋縄ではいかない。 いかないけれど、もちろん、そんなことを気にされる飯高さんではない。 画面サイズをちょこちょこ変えたり、ファイルを開き直したりしながらも、平面代数曲線の分類の問題について、歴史的なことも踏まえながら、とても楽しそうに、早口でよどみなく話される。 そして、当然のことながら、話は急激に、かつ猛烈に難しくなっていく。 ぼく程度の数学の素養では、肝心の話に入ってから二行くらいで、本当のところはわからなくなって、大ざっぱな流れを追いかけるだけになってしまう。 でも、聴衆の三分の二は実験家だから、もっともっともっと、わからなかったはず。

けっきょくキッチンタイマーは鳴ったけれど、どうも誤動作だということですぐに止められ、特に時間を気にすることなく平面代数曲線の双有理不変な構造をめぐる飯高さんのお話はつづいたのだった。 あとで化学の人と立ち話をしたのだけれど、これほど全く理解できない話も珍しかったが、それでも、飯高さんがある世界を見ていてその世界を愛していて心から楽しそうに話しているのはよくよくわかったので、聞いていて楽しかったとのご感想であった。 多分、みなさん同じ思いだっただろうなあ。

質問時間になると、なぜか、図々しい理論物理屋だけが質問する。

まず井田さん(彼は、ぼくよりもずっとわかって聞いている)が混合多種数 (mixed plurigenera) の物理的意味を尋ねると、それには、これは新しい話だから物理的意味はこれから考えてみつけなさい、とのお答え。

実は、何年か前に、やはり飯高さんが博士論文の説明をされたときに、ぼくがその話にでてきた一般的な種数 (genus) の幾何学的な意味を(無謀にも)質問したことがあるのだ。 そのときは、飯高さんがたまたま話したりないと思っていたのかも知れないのだけれど、ともかくその質問が彼の琴線に触れたようで、彼が小平先生の学生になってすぐに先生にこう言ったことがある、なんてところまで話がさかのぼって、genus への彼の思いを延々と語ってくれたのだった。 しかも、その話の最後の方には Seiberg-Witten なんかまででてくる。 ただただ、ぼけえっと聞くしかない話だったけど、でも妙に興奮して、うれしくなる体験だったのはよく覚えている。

今回は、井田さんがバックグラウンド的な質問をしたので、ぼくは、正反対の質問をすることにした。

もちろん、ぼくには、この博士論文の仕事はわからないのだけれど、それでも、技術的なレベルで、どういう作業をしたのかは話を聞いていれば漠然とはわかる。 要するに、平面代数曲線についての不変量(それが、混合多種数なんだろう)をみつけて、その値がいくつであるべしという制約からでてくる条件を吟味して、果たしてそれら制約を満たす解が存在するかどうかを調べていっているようだ(あまり、信じないでください)。 だから、(これは飯高さんも明言されていたのだが)今回の仕事での分類は、ありうべき曲線のクラスを制限しているだけで、本当にそれらのクラスの曲線が存在しているかどうかには答えていない。 それはそうなのだけれど、飯高さんの話しぶりでは、論文で得られた分類は「ほんもの」だということを確信されているみたいなのだ。

そこで、それほど確信ありげだということは、他の不変量が新たにみつかって今回提案されたクラスも許されないという可能性が何か別の理由で排除されているのだろうか、と聞いてみた。

これに対する、飯高さんの答え方がおもしろいんだなあ。

ふふっと口の中で含み笑いをしながら、「それはねえ、大丈夫なんですよ」みたいに、さらっと答える。 でも、それが、○○の定理があるから、こうしてああして、とかいうんじゃないんだなあ。 理詰めで言えば、存在証明ができていない以上、今回の分類の中に「はずれ」が混ざっている可能性は否定できない。 それはそうなんだけど、飯高さんには(理屈抜きで)「見えて」いるみたいなんだ。 理由はいわないけど、楽しそうに「大丈夫」と答える。

ああ、これが数学者ってものかなあ、などと勝手な感想をもって、またしても楽しくなってしまったのだった。


ええと、以下、ちょっと自慢になって申し訳ないんだけど、この研究科委員会(って、教授会の続きの会だけど)で博士論文の報告があると、ぼくは、物理の話はもちろん、化学の実験の話でもなるべくせっせと質問をしているのだ。 化学でも数学でも物理でも、理学であるなら、なんでも聞いて最低限は理解して質問できるっていうのは、一つの理想だと思うのだ。 かっちょいいいし。 ま、ぼくの場合はい、まだまだ、はったり半分でやっているわけで、こういうところは(も)、もっと精進したいものである。 (実は、江沢先生は、まさにどの分野でも必ず質問をされていた。 彼に比べると、私はまったく修行中という感じなのだよ。)
2/23/2005(水)

今日から、卒業研究・修士論文発表会。 今年は当たり年で、まるまる三日だあ。

夜は二時に寝て朝は十時過ぎに起きる生活になってたので、今日からとつぜん、早起きで眠い、眠い。 だが、ちゃんと朝から夕方真っ暗になるまで、ばっちり聞かせていただきましたぞ。


ところで、使役形を不必要に多用する最近の悪癖は、当然ながら、学生さんのあいだにも相当に蔓延(まんえん)している。

ぼくのゼミなんかでも、「この項を展開させると」とかやられると、「誰に展開させるんだよ、おまえが自分でやるんだろ」と厳しくつっこんでいる私です。 「俺的」とか「なにげに」とかの新語には寛容という以上に興味津々の私だが、この使役形の多用は、語感として美しくないし、単に言葉をまわりくどく言って丁寧にしているつもりの純粋の誤用だし、まったくもって容認できないのだ。

今日の発表会でも、「光を照射させると」とか「電子を加速させると」とか「タングステンの探針の表面に鉄を蒸着させたもの」とか、使役形がでまくりで、私は秘かに「誰にやらせんだよ、家来がいんのかよっ」とかツッコミ続けていたのだ。 もちろん、まともな質問もいっぱいしていたけどな。 (付記:タングステンの探針については、修士の発表でも同じ研究室の人が触れていたので、使役形に注目しつつ聞いた(中身もちゃんと聞いて、真面目な質問もしたぞ(しつこいが))。すると、修士の一人が「鉄を蒸着したもの」と言い、もう一人の修士は「蒸着させたもの」と言ったことを確認。 この研究室では、四年生も修士の学生も皆が、一人の修士の学生さんに「蒸着しろ」といって「蒸着させている」ということになった、おれ的には。)

そんな中でも、最後の方の発表の人は、「トンネル電流を流させると」やら「探針を走査させると」とチャンピオン的に使役を使うので、こっちも秘かなツッコミ全開だったのだが(いや、発表そのものは立派だったよ)、はっと気づいてみると、彼の研究テーマは、今までは人がやっていた超ハイテクの表面実験を LabView を使って自動化し圧倒的な能率で実行するシステムを構築することだったのだ。 だから、彼の場合は、「トンネル電流を(自動測定制御システムに)流させる」のであり、「(コンピューター制御の STM に)探針を走査させる」というのが正しいのだ!! がーーん。 そう思うと、「展開させる」だって MATHEMATICA にやらせるのが標準になれば、正しくなるのか? (でも、よく考えると、「探針を走査させて、分子を見る」とか言ってたぞ。統一しましょう。)


2/25/2005(金)

発表会終了。

まる三日間、朝から晩まで、ずっと学生さんの話を次から次へと聞いて、大量に質問しまくって、さすがに疲れた。

でも、面白かったよ。卒業研究の修士論文も、それぞれ、楽しみました。 卒業研究は数が多いので疲れたけど。 話を聴きながら、ここに来るまでの色々を思い出して、感慨にふけったりもしておりました。 言うことが年寄り臭いですなあ。 でも、生物としての年齢があがっているのだから、仕方ないか。

疲れてはいても、自分の仕事はできそうな気がするので、しようと思うのだが、やりかけのことの中で何に戻ればいいのかわからない。 わからないということは、要するに、やっぱ疲れているということなのか。


修士の発表はさすがに中身が充実していて聞いていて勉強にもなった。 自分の研究の課題に直結する話はないが、ともかく、身近で展開している研究テーマについて、最低限、なにが面白くなにが難しいのかを理解していくのは、それだけでも猛烈に楽しいことだ。

今回、あらためて実感し強く感心したのは、ぼくよりも若い三人の実験家が率いるそれぞれのグループから、きわめて多彩でレベルの高い研究がどんどん出てきていることだ。 彼らの採用人事にはぼくも関わっていたわけだし、彼らが着任した直後、研究室ががらーんとして何もものない部屋で、そこに一年目の学生さんたちが配属されていた時期のことも、ぼくはよく覚えている。 そういう「無」に近い状態を目の当たりに見ているだけに、それぞれの研究室で、次々と装置や研究テーマが立ち上がり、それぞれの文化が生まれ、新しい実験結果がどんどんと出てくるのに立ち会っていると、ほんと魔法をみているような気になるのだなあ。

実を言うと、今や、学習院大学物理学科で研究室をもつ九人のメンバーの中で、ぼくはちょうど真ん中の中堅野郎になってしまたのだ。 ぼくより年上が四人、ぼくより年下が四人。 ふう。 上で、「ぼくより若い三人」と書いたけれど、残るお一人は、となりの部屋の井田さん。 こちらは、ぼくと同じ純粋な理論屋さんだから、装置も立ち上がらなければ、研究テーマが華々しく目にみえることもない。 長年いても、部屋のものとゴミが増えるだけなのだ。 そういう点は、ちょっと寂しいかも。

でも、こちらは、目に見えないところで、魔法をやっているわけだけどね。 さあて、がんばろっと。


2/28/2005(月)

牧野さんご指摘の(とは、ちょっとずれるんですが)「○○してあげる」も、実に行き渡っていますね。 ぼくのゼミでも、「この式にさっき導いた公式を代入してあげると」とかいうのがすぐに出てきます。 相手は式なんだから「代入してやると」で十分だし、実はこの場合は、より単純に「代入すると」が正解でしょう。

この例は行き過ぎとして、より一般に、「やる」としていたところが徐々に「あげる」に変わっていくというのは、よく話題になりますね。

| 赤ん坊に乳をやる 犬にエサをやる 花に水をやる
  ↓
赤ちゃんにミルクをあげる | 犬にエサをやる 花に水をやる
  ↓
赤ちゃんにミルクをあげる 犬にごはんをあげる | お花に水をやる
  ↓
赤ちゃんにミルクをあげる ワンちゃんにごはんをあげる お花にお水をあげる |

みたいな感じに、「あげる」と「やる」の境界線がどんどん動いていっているという話。

確かに、「やる」っていうのは語感が殺伐としているので、こうやって口当たりのいい言葉に変えていくのが「優しさの時代」なのかもしれません。 そうはいっても、何にでも優しくしてしまうということは、けっきょく区別がなくなって、何でも同じように扱ってしまうということになりかねない --- とか思ったりもします。 ま、いずれにせよ、式にまで優しくなって「代入してあげる」必要はなかろう。


学生さんが発表や答案でフォーマルな言葉を使おうとしてコケるパターンとしては、能動態と受動態の混乱というのもありますね。

何年か前だけれど、

太陽が放射されるエネルギー
と書いた学生さんがいました。 これは、どう考えても
太陽から放射されるエネルギー
とするか、
太陽が放射するエネルギー
とすべきところを、こんぐらがってしまったものであろうと、ぼくなんかは思うわけです。

しかし、これについては、K 先生が、

この人は太陽を崇拝しているので「放射される」と尊敬語を使っているのではないか?
という深い読み方を提案されたので、さすがに長い人生経験を積まれただけのことはあると感心したものです。
三日間つづいた発表会もおわったところで、いろいろなことに復帰中。
  1. 「Ising 本」については、最近の進展と、原とのメールのやりとりで、ほぼ最終的な形が見えてきた。
  2. Raphael との論文は、手直しがすんで、再投稿。 きわめて好意的なレフェリー B と、なんとなく滑りながら、一般受けするほど重要ではないという PRL レフェリーの決まり文句をいうレフェリー A。 さて、どうなることか?
  3. SST に直接関連した進展は遅い。驚くほど遅い。 そういう時期なんだろうが。 今は、春の学会での二つの講演のイメージを作る作業を中心に。
  4. the Encyclopedia of Mathematical Physics は、ともかくファイルを作った。 やろう。
上記 4 に関連して、しばらく前に佐々さんと集中的にメールをやりとりして議論したとき、ぼくが当たり前だと思っていたのを、それほど自明でないと佐々さんに指摘された問題がある(「東京事変」のツアーの幕開きを待ちながら考えていた問題でもある)。 この三日くらい、夜ベッドに入ってから目がさえてしまうので、眠れなくなるリスクを無視してこの問題を本気で必死で考えていた。 前から漠然ともっている描像をいじり倒して、同じことを堂々巡りで考えまくって、理論屋としての腕のふるいどころをみつけられずに右往左往して、けっきょく答がでないまま眠ってしまう。 そして、アホみたいに単純だけど、必ずその問題に関連する夢を見る。 最初の二日は理論の夢、三日目の昨夜は(なんだか知らないけど)実験の夢。 すべて、ぼくの予想通りにうまくいっているんだけど、夢を見るだにうさんくさくて、変な感じ。 実験の夢なんて、実際の実験のはずなのに、ぼくには半分以上「中身」が理論として見えているし、不気味に楽しい。 そして、必ず、夜中に目が覚めて、先を考えて、やっぱりダメだと自覚して、ということのくり返し。

ただ、昨夜の夢からさめたあと、古典力学多体系での摂動論の姿がようやくはっきりと浮かんだ。 そして --- これが理論としてどこまで強くなるかは別として --- ぼくが漠然ともっていた直感をつきつめたのはこの摂動論なのだということがはっきりとわかった。 さてと。少なくとも次の考えを進める一つの足場はできた。 また、今夜ベッドの中で続きをやるか。

にしても、話が進むのはやっぱり実験の夢のあと。 物理は実験科学なのである。

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田崎晴明
学習院大学理学部物理学教室
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