時代の要請の中、真価を発揮する学習院での学び
-たとえば、女子教育、理系進路の中でー
様々な分野における女性の存在感が高まる今日、学習院では、これまでも自然体で女子教育を牽引してきました。
今、科学技術に貢献するSTEM人材、とりわけ女性の登用が社会的に渇望されています。
学習院が大切にしてきた伝統的な教育は、そうした時代の要請にもつながっています。
学習院女子中・高等科科長であり、学習院大学理学部出身の増渕哲夫先生と学習院女子中・高等科卒業生であり、現在は学習院大学理学部の教授を務める齊藤結花先生。
それぞれの経験や立場から、女子教育を含めた学習院の学びについて語っていただきました。
進度より深度
本物に触れ、ゼロから考える力を
- 増渕
- 学習院女子中・高等科(以下女子部)の教育方針の根底にあるのは、「金剛石 水は器」です。本校は明治18年に創立された華族女学校が前身ですが、明治20 年に昭憲皇太后より賜ったのがこの御歌です。
金剛石、つまりダイヤモンドが磨かれて初めて光るように、人も学んで徳があらわれる。器によって様々に形を変える水のごとく、よき友が人をつくる。自分をしっかり磨き、お互いに磨き合う。本校のすべてに通底し、学校生活の土台となっているのが、自己研鑽と切磋琢磨です。
- 齊藤
- 「金剛石 水は器」の解釈は、私も古典の授業でみっちり学んだので、今でも体に染みついています。
- 増渕
- もうひとつ、創立当初から掲げてきたのが「その時代に生きる女性にふさわしい品性と知性を身につける」ことです。知識ならば教われば習得できますが、品性や知性はすぐに身につけられるものではありません。熟成するのに時間がかかる品性や知性を、6年間をかけて涵養していこうという考えです。
- 齊藤
- “熟成”という言葉は、まさに学習院を象徴するキーワードのひとつだと思います。私が通っていたころから、生徒が自ら嚙み砕き、消化する時間を与えてくれました。教育方法も自由度が高く、解き方や形式をそのまま教わるのではなく、まずは自分で調べることが多かったですね。一見、効率が悪いように思えるかもしれませんが、自分で考え、消化することは大切だったと感じています。
- 増渕
- 私たちは、“進度”より“深度”を重視しています。女子部の学びには「本物に触れる」「過程を大切にする」「表現力を身につける」という3本柱があります。「本物に触れる」という面では、教科ごとの方法がありますが、中等科の理科の場合は実験や観察を多く取り入れています。机上の知識はすでに持っている生徒たちに、それを体験、体得してもらいたいからです。観察は、春の植物採取からスタートします。5月の今は、校内のつつじを自ら選んで採取し、目で見てルーペで精察し、さらに顕微鏡で観察しています。途中経過も大切に考え、時間をかけています。
- 齊藤
- 私の時代にも、その授業はありました。
花といえばまずは花びらに目が行くのですが、観察してみると実に多彩なパーツから成り立っていることに驚きました。教科書などに載っているトランスファーされた知識ではなく、生で観ている実感がありました。 - 増渕
- 多くの実験はひとりではできないため、自ずとコミュニケーション力も培われていきます。また、実験結果を伝えることは、「表現力を身につける」ことにそのままつながります。紙に書いて提出するほかにも、今の時代ですのでICTを利用して教師に送ったり、パワーポイントなどを使って発表したりと伝え方は様々です。いずれの場合でも、その中で生徒同士の磨き合いが自然となされています。
本校の生徒は、そうした能力に長けていることを感じます。 - 齊藤
- サイエンスでは、プレゼンテーションはとても重要です。たとえば、何かを最初に発見した際、それはその人しか知らない研究成果です。いかに重大な発見であっても、公表しなければ存在しないも同然です。研究者にとってアウトプットは不可欠ですし、どれだけ難解な理論だったとしても、最終的には一般の人が理解できる形で表現することが義務だと私は考えています。
- 増渕
- 近年、STEM教育が世界各地で導入され始めています。STEMは科学、技術、工学、数学の教育分野を総称するものですが、その根底にある狙いは、自分で学び理解していく力を育むことだと考えています。私たちはSTEM教育を大々的に掲げているわけではありませんが、実験や観察をはじめ本物に触れる機会を多く設け、自ら考え、仲間と切磋琢磨し、的確に表現することを目標とした学びは、結果的にそれにマッチしたものになっているのではないでしょうか。委員会や部活動、行事などの活動をしていく中でも生徒たちは、<計画を立て、考えてアイデアを練り、コミュニケーションをとりながら行動する>実験と同じような一連の流れや手法を体験しているのではないかと思います。
- 齊藤
- 女子部の主体的な学びがその後に役立った一例として、強く思い出に残っていることがあります。私はドクター(博士号)取得後、イギリスのリーズ大学でポスドク(博士研究員)をしていました。私に与えられたのは、顕微分光で用いられる顕微鏡の先端にある、微小な金属をコーティングするという仕事でした。研究室にはコーティングのための機械類はいっさいなく、思いついたのが化学反応でのメッキです。その場にあるものだけで実験してみたという感じでしたが、結果的にそれで論文を書くに至り、名が知れたジャーナルにも掲載されました。まったく経験がない実験でしたが、女子部での“自分で考えるゼロからの教育”のおかげで、困惑することなく進めることができました。
幅広い知識や教養が研究活動を支えてくれる
- 増渕
- STEMをさらに広げ、アートのAを加えたSTEAM 教育も注目されています。Aは芸術そのものだけでなく、リベラルアーツも含みます。高等科では知識の習得だけに偏らず、内面を深く養うものとして日本画や西洋画、工芸、書道、器楽、声楽と多くの選択授業を設けています。そして、各授業において「本物に触れる」ことを実践しています。
- 齊藤
- これほどの選択肢は、ほかの学校ではあまり耳にしませんよね。
- 増渕
- 早く目標を決め、その進路に邁進した方が良いという考え方もあると思いますが、中・高校時代は多様な経験を重ねて自分を模索する時でもあり、本校では幅広く学ぶことを重んじています。高校3年生であっても理系の生徒に文学国語、文系生徒に数学の授業があり、それぞれをしっかり学ぶカリキュラムもその一環です。将来海外で活躍する人もいると思いますが、専門を超えた知識が研究自体を深めたり、ソサエティに溶け込むきっかけになることもあるはずです。専門分野に秀でているだけでなく、社会で輝くための自分の芯を育むことを願っています。
- 齊藤
- 当時、私は数学が好きだったのですが、数学雑誌への投稿をアドバイスしてくれた先生がいました。そうやって興味を究めていく一方、幅広く学ぶ教育は今、見えないところで私を助けてくれています。研究には総合力が必要です。単に理系の知識があればいいわけではなく、論文は英語で書かなければなりませんし、研究費の獲得も必須です。あらゆる場面で様々な力を総動員して研究を進めるため、幅広い知識や教養は重要です。
増加する理系女子学生にも居心地のよい研究環境
- 増渕
- 学習院大学での私の学生時代を振り返ると、理学部には女子学生は少なかったですね。彼女たちの話では、親の反対を押し切って理学部に入学した人も多かったです。
- 齊藤
- 私の学生時代も「リケジョ」という言葉が生まれる以前であり、女子学生はまだまだ少なかったですね。現在の学習院大学理学部では、化学科は約4割を女子が占め、私の研究室にいたっては半数が女子です。居心地がいい研究環境のようですが、その理由は学習院が学生を大事にしていることに尽きると思います。
- 増渕
- 少人数制教育なので、教員は学生一人ひとりの顔が見えますよね。学生たちは、教職員から声をかけてもらうだけでも大事にされていると感じるのではないでしょうか。私も大学時代にそんな経験をしました。電磁気学の授業が1年生にとってはあまりに難解で皆が悩んでいたところ、先生方が授業時間外に全員を集め、一人ひとりの話を聞いてくれたことがありました。まるでホームルームのように学生に寄り添ってくれたことを覚えています。時代とともに形は変化しているかもしれませんが、そうしたカルチャーが昔からありますよね。学内には様々な団体・サークルがありますが、振り返ってみると理学部の各学科の日常はまるでサークル活動のようでした。大学生なのにほとんどの人の時間割が共通で、演習や実験の時間が長いために共有する時間が多く、和気あいあいとしていました。
- 齊藤
- 目白という一等地にありながら、他大学で働く仲間が驚くほど充実した研究環境、そして研究レベルの高さも学習院大学理学部の特長です。世界的に有名な先生もいますし、科学研究費採択率では2年連続で私立大学第1位になりました。研究成果を国・機関別にまとめたデータベース「ネイチャーインデックス」でも、総論文数に対する質の高い論文数の割合が日本でもっとも高い大学と評価されています。卒業研究のレベルも非常に高いです。少人数であるがゆえに4年生は一人の研究者として扱われるため、自ずとレベルが上がっていくのです。また、理学部でも今年度からデータサイエンス副専攻制度を導入して、物理、化学、数学、生命科学を専攻しながら最新の情報科学を学ぶことができます。一方で実験の授業では、未だに伝統的な金属加工の技術を学ぶ時間があります。最新のテクノロジーを利用する教育と、それらを利用しない教育をあえて両方取り入れています。このような学びは、困難に直面したときに、必ずその人を助けてくれます。
広く門戸を開き個性や能力が発揮できる学園
- 増渕
- 学習院が注力してきた伝統的な人材の育成は、時代の要請にかなっていると感じます。学習院第18代院長である安倍能成先生は、「正直と思いやり」を説かれました。女子部でも、それを生活の指針としています。この言葉は、持続可能な社会を担う人づくりにも通じるのではないでしょうか。自分さえ良ければという考えでは、SDGsは達成できません。真の意味で自分と向き合い、良し悪しを見極める目を培うこと、人に対して目と心を配ることが肝要です。
- 齊藤
- 多様性を受け入れる文化も、学習院には根づいていますよね。私は中等科から入学し、同級生の1割ほどが帰国子女でした。初等科からの生徒とも最初はカラーが少し違うのですが、それぞれがごく自然に受け入れて認め合う風土でした。自分が大切にされていると感じるからこそ、相手にも一目置くことができるのでしょう。もちろん、大学にもそうしたイズムは息づいています。教員同士も認め合っているため、そうした雰囲気が学生に伝播している面もあるかもしれません。
- 増渕
- 学習院は、あらゆる人に広く門戸を開き、その個性や力を発揮できる学園だと感じています。その伝統を未来につないでいきたいという思いを強く持っています。

- 本記事は、2023年5月に行われたインタビューを掲載しています。
プロフィール

学習院女子中・高等科 科長
増渕 哲夫
昭和59(1984)年学習院大学理学部物理学科卒業
中央大学杉並高等学校専任教諭、学習院女子中・高等科専任教諭、教務課長、教頭を経て平成30(2018)年より現職
NHK高校講座「物理」講師、理化学研究所客員研究員、東京都理化教育研究会専門委員、東京私学教育研究所理数系教科研究会専門委員など歴任。
著書に数研出版「物理基礎」「物理」(教科書)など

学習院大学理学部 教授
齊藤 結花
学習院女子高等科卒業、東京大学理学部、同大学院博士課程を修了後、英国リーズ大学博士研究員、理化学研究所基礎科学特別研究員、大阪大学大学院工学研究科テニュアトラック講師、准教授を経て、平成28(2016)年より現職
専門は近接場光学顕微鏡とナノ材料
日本分光学会奨励賞を受賞