次代の担い手を育む
一貫教育のなかで、連綿と受け継がれてきた「学習院の学び」を通じて形成される「学習院らしさ」。その基礎づくりを担っている幼稚園・初等科では、どのような教育が行われているのでしょうか。
幼稚園長の莊優記子先生と初等科長の梅本恵美先生にうかがいました。
学習院は「人を大切にする」教育の場
- 梅本
- 「学習院らしさ」を問われたとき、それは「人」に集約されると考えております。大らかさや礼儀正しさ、正直さや他人への優しさ、そして年上を敬う気持ち。初等科においても、そうした人格がだんだんと育まれていくことを常々感じています。知的な面は後々積み重ねていくことができますが、学習院の伝統は人格形成を基盤としているところにあるのではないでしょうか。目まぐるしく変わる世の中にあってもそれは普遍的なものであり、ほかの学校にはない歴史だと感じています。
- 莊
- 学習院では人と人とのつながりが大切にされており、人とともに過ごすことが心地よいことと感じて育つ場だと思っています。先日、「オール学習院の集い」が開催された際に、幼稚園の合同同窓会も開催され、62年前の卒業生から小学1年生になったばかりの方、そして旧教員が集いました。印象的だったのは、先生方が卒業生お一人おひとりの懐かしいお話を昨日のことのようになさっていたことです。それぞれを唯一無二の存在として大切に育んできた教育の伝統を、あらためて感じた出来事でした。幼児期は個々の性格や生活経験、発達段階に合わせて一人ひとりに目を向けた理解と教育が重要です。幼稚園に限らず一人ひとりが大切にされ、個々の良さや幸せを重視する教育は学習院の特徴であり、すばらしい点です。また、ご友人の自慢をし、その活躍を我がことのように喜ぶ姿も多く目にしました。自分が大切にされてきたからこそ、まわりの人も大切にできるのでしょう。
- 梅本
- 学習院初等科は明治に創立され、戦前は乃木希典先生の「質実剛健」、戦後は安倍能成先生が掲げた「自重互敬」「正直と思いやり」を伝統の精神としてきました。児童はまだその重みを意識することは少ないかもしれませんが、卒業生からは「人生の岐路に立ったとき、心の根幹にあることが分かった」という話も度々聞いております。これは、学習院が誇れることだと感じております。
- 莊
- 学習院が一貫教育のなかで大切にしているもののひとつには、「言葉」もあります。幼稚園では発達段階や生活経験によって言葉の獲得の度合いが異なるため、子どもたちが言葉にしきれずに抱える思いや考えを理解し、教員がそれを言葉として表現して伝えるようにしています。言葉の獲得は、コミュニケーション能力だけでなく、知的好奇心や感情理解にもつながります。また、正しい日本語やニュアンスも大切ですし、柔らかな言い回しや物腰などは人柄にもつながり、大人になってから身につけるのは難しい部分ですから、とくに気を配っています。さらに、言葉だけでなく振る舞いも学習院らしさを表現する重要な要素です。子どもたちは言葉や行動を通じて、思いやりや相手を大切にする気持ちを育んでいきます。
- 梅本
- 幼稚園の卒業生たちが、身につけたものを初等科でそのまま伸ばすことができる環境があります。正しい言葉遣いが自然に身についていく環境や雰囲気があると感じます。独自のテキストを用いた国語学習も初等科の教育の特徴です。その文法学習では「ら抜き言葉」についても学びますし、敬語も学習します。知識と併せて言葉に対する意識を醸成するものであり、基礎・基本を身につけるとともに、言葉の世界が広がっていくことに喜びを見出してほしいと考えています。また、語彙を広げるには、読書も役立ちます。初等科では専任の司書教諭を置き、1年生から4年生まで週1時間の図書の授業も行っています。
好奇心を育み、受けとめて伸ばす
- 莊
- 幼児期は自分を信じ、周りの人を信頼するなど、人としての基礎を育む上で非常に重要な時期です。学習院幼稚園がもっとも大切にしているのは遊びです。遊びは好奇心や自己表現、思考力など基礎的な力を養い、他者との関わり合いや思いやりの気持ちを培っていく学びの場です。楽しく遊ぶことこそが、人間形成の出発点になります。
- 梅本
- 幼稚園の段階で、満足するまで思い切り遊ぶ。そのなかで、いろいろな好奇心が育まれていきます。初等科では学習という段階に入っていきますが、低学年から「専科制」を取り入れて専科教員を配置し、それぞれの好奇心をしっかり受け止めて興味や学ぶ力をさらに伸ばし、子どもたちの可能性を広げていきます。これは、学習院が一貫して注力している「主体的な学び」や「自ら解決する力」を育成することにつながっています。
- 莊
- 幼稚園でも自主性や主体性を重んじています。朝、登園してからお弁当までは好きなことを見つけ、ひたすらに遊ぶ時間です。教員は園児それぞれの興味や関心にアンテナを張り、それに合わせてわくわく感を広げる環境を準備するよう努めていますが、大人の思いに引き寄せることや、一方的に教えこむことはしません。簡単に答えを求めたり、知ったつもりになったりしがちな今、遠回りでも自分の力をつかっていく遊びこそ子どもたちが本来持っている自由な発想や無限の創造力を引き出すことができるのではないでしょうか。
- 梅本
- 初等科では「真実を見分け、自分の考えを持つ子ども」を育むことを教育目標に掲げています。小学生がそう易々と真実を見極められるわけではありませんが、自分の考えを持ち、友だちの意見を聞き、考えを深め広げていく。その繰り返しのなかで、本質に迫る考えや創造力など多面的な力を身につけることを目指しています。本質的な学びにつながる“本物”の体験学習にも力を入れています。そのひとつが、「さくら」と呼んでいる総合的な学習の時間です。小笠原流礼法や老舗和菓子屋の和菓子作り、遠州流茶道などを体験し、作法だけでなく日本人が大切にしてきた心やそこに込められた思いやりも学んでいきます。
- 莊
- 幼稚園でも卒業前の年長組が、遠州流茶道のご宗家からごあいさつを教えていただき、お茶を頂戴します。力士を招いてのおもちつきなどの行事も、多くの卒業生の記憶に鮮明に残っているようです。ほかにも狂言やチェロとバイオリンのアンサンブル、絵本作家の方に園児たちの横で絵を描いていただくなど、本物に触れる機会を設けています。また、玄関にはアンティークのオルゴールや古いオルガンを置くなど、古いものが持つ価値や本物の深い味わいも大切にしています。
- 梅本
- 情報が氾濫する現代だからこそ、実際に本物に触れることの重要性を感じます。
- 莊
- 学習院は、自然環境にも恵まれています。土の園庭は四季の花々に囲まれ、さまざまな虫も生息しています。そうした環境は、知りたい、やってみたい、触れてみたいという子どもたちの好奇心を刺激します。好きなことに夢中になり、なにかをやり遂げることは、自己効力感やあきらめない粘り強さなどいわゆる非認知能力を培います。これはその後の認知能力の土台となるもので、非認知能力が脆弱な方は、重い学習を上積みしたとき崩れやすくなるといわれています。遊びで得るそうした心の力を幼児期にしっかり持たせてあげるのが、学習院幼稚園の教育です。
- 梅本
- 初等科における学校行事も、まさにその非認知能力を養っていく活動です。代表的なものが、6年生が8月に4泊5日で行う沼津海浜教室です。大正時代から続く伝統行事で、宿舎として明治時代の学習院の建物が使われます。目標に向かって游泳訓練を行いますが、単に泳ぎを体得するだけではありません。海という自然が相手の水泳や熊手を使った庭掃除、廊下の雑巾がけや蚊帳での就寝など、今ではなかなかできない経験が子どもたちの自信を生み、心に長く残るものになっています。
時代に応える国際交流やSDGsへの取り組み
- 梅本
- 伝統を継承しつつ時代の要請に応えていくための取り組みとして、初等科では国際交流にも力を入れています。先ほどお話しした「さくら」での体験学習はそのひとつです。⽇本⽂化をよく知り、日本人としてのアイデンティティを確立することは、将来国際⼈として活躍するために⽋かせません。また、英国チェルトナム・プレップ校、豪州の女子校メソジスト・レディースカレッジ校と男子校ザビエル校との交流を重ねており、6年生全員がチェルトナム・プレップ校の一人ひとりと行う文通交流もコロナ禍の時より続いています。時差が少ない豪州の学校とは、テレビ電話でクイズや折り紙などを用いて日本文化を紹介するなどオンライン交流も盛んです。また、児童2名1組でホームスティをする海外研修も行っていますが、将来的には初等科のご家庭がホストファミリーとして海外からの児童を迎え入れることも視野に入れ、準備を進めているところです。
- 莊
- 幼稚園では多様性を重視しています。その一環として、両高等科への留学生や馬術部の大学生の方との交流など一貫校のメリットを活かした取り組みを行っています。これからの世界の担い手となる子どもたちに、SDGsに関心を持ってもらうことも必要です。過剰包装やビニールの使用を極力排するなどまずは大人が環境問題に取り組み、お子さんにもわかるように伝えています。また、子どもたちが野菜を育てる小さな畑は、SDGsを学ぶ場所でもあります。今後は、食べ物や生き物が循環することがよりわかるよう園庭の片隅に堆肥小屋をつくる試みを考えていますが、ここでも馬術部との連携ができるのではと思っています。都会のキャンパスではありますが、実際に自然に触れることで世の中の課題に気づく基礎的な力を育むことにつながればと思っています。
- 梅本
- 本物に触れることを大切にする一方、初等科ではICTの活用も進んでいます。1年生から6年生までの全児童にタブレット端末を配付し、課題のやり取りやクラス全員の意見を見ることができるアプリを活用した「協働学習」に活用しています。また、莊先生もおっしゃったように多様性の時代であり、ICT化は「個別最適な学び」にも貢献しています。
- 莊
- 先の見えない時代を生きる子どもたちに兼ね備えてほしい力は、新たな価値を創造できる「たくましさ」と、他者を思いともに生きていく「優しさ」です。こうした力をもった人こそが、未来をつくっていく核になるはずです。「学習院の学び」を未来に繋いでいく大きな意義は、そこにあると考えています。
- 梅本
- 変化が激しく不確定な要素が多い時代、学習院での学びや身につけた品性はその人の軸となり、人生を切り拓く力になると思っています。今後苦しい局面を迎えたときにも、必ず支えになってくれるのではないでしょうか。

- 本記事は、2024年4月に行われたインタビューを掲載しています。
プロフィール

学習院幼稚園 園長
莊 優記子
学習院幼稚園、初等科、女子中・高等科に学ぶ
平成14(2002)年玉川大学文学部教育学科初等教育専攻 卒業
同年 学習院幼稚園教諭に着任
主任教諭(2019~2023)を経て令和6(2024)年より現職

学習院初等科 科長
梅本 恵美
昭和57(1982)年 東京学芸大学教育学部初等教育課程国語専修卒業
学習院大学図書館司書を経て、昭和58(1983)年 学習院初等科教諭に着任 司書教諭、図書主任として児童の学習や読書活動をサポートする図書館づくりに携わる
児童課長、教頭を経て令和5(2023)年より現職