多様性尊重と自発性を育む学び
-中・高等科教育のなかで-

学習院は社会に貢献する多くの人を育成し、世に送り出してきました。
そうした人財を育む上で大切なのが、お互いを認め合い、個性を伸ばしていくことができる環境です。
学習院の一貫教育のなかでも、とりわけ中・高等科は人の幹をつくる重要な時期を担っています。
学習院中等科・高等科 科長の髙城彰吾先生と学習院女子中・高等科 科長の長沼容子先生に、両校の学びについて語っていただきました。

異なる考えを受け止め自ら考える力を

髙城
学習院中・高等科が目指すのは、「自分の頭で物事を考えられる人間」の育成です。
そのためには、まずは他者の話をしっかりと聞き、異なる考えに耳を傾ける姿勢が大切だと考えています。本校には多様な生徒が集まっていますから、できるだけ多くの人と交流して自分とは違う価値観に触れ、それに対して自ら考えるきっかけを得てほしいと思っています。ですから、他者との交流や考える機会を提供する授業や部活動などを数多く設けています。
長沼
学習院女子中・高等科(以下女子部)では「自立して歩んでいける芯のある人」の育成を目指しており、これからの社会においてはそうした人財が強く求められると考えています。 おっしゃるとおり、体験を通して発見し、自ら考え、行動することは非常に重要です。中・高等科同様、授業はもちろんのことクラブ活動や委員会活動、学校行事もまた生徒たちが成長する大切な場となっています。それらのなかで、生徒たちは協力する力や判断力など多くのことを身につけていきます。
髙城
生徒に伝えたいことは多々ありますが、最終的にはすべて安倍能成先生がおっしゃった「正直であれ」という言葉に集約されるのではないかと思っています。「正直」とは単に嘘をつかないということではなく、自分の都合や主観を一度脇に置き、バイアスを排除して相手を尊重し、受け入れる姿勢を持つことだと私は考えています。これこそが、学習院に受け継がれてきた多様性尊重の校風の出発点ではないでしょうか。
長沼
女子部でも日ごろから「正直と思いやり」、言い換えると「忠恕」――真心をもってすべきことに取り組み、相手を思いやること――という言葉を生徒たちに伝えています。中高時代はどうしても自分のことで精一杯になりがちですが、だからこそ、他者の立場や気持ちを想像して思いやる心を育むことが大切です。
髙城
もうひとつ、中・高等科の教育で大事にしているのが「自由」です。自由とは、自分がやりたいことを見つけ、自らの意思で選択し、それに対して責任を持つことだと考えています。小学校を卒業したばかりの子が成人へと成長する6年間は、驚くほどの変化を伴う時期です。そこで中等科ではまず、自由への準備期間として基本的な生活習慣や行動の土台をしっかり身につけることに重点を置いています。そして高等科では自分で判断し、行動する機会を増やしていきます。失敗を経験しながら軌道修正を重ねていく繰り返しが、「自分の人生を自分で自由に選ぶ力」につながっていくのだと思います。
長沼
私は、この6年間を「その人の芯を育てる時間」と捉えています。女子部生は、学校生活の中で、「あのようになりたい」と憧れを抱く上級生や友人に出会います。素敵なロールモデルが身近にいることが、校内に前向きな雰囲気を生み出していると感じます。
また、委員会やクラブ活動などさまざまな場面で一人ひとりが自分の芯になるものを見つけていく様子が見られます。たとえば、総務委員会が企画・運営を担う、新入生への「クラブ紹介」では、どの部も限られた時間のなかで熱意を込めたプレゼンテーションを行います。協力し、準備や運営を進めていく姿からは、参加する生徒全員がこの行事を心から大事に思っていることが伝わってきます。新入生は、委員会やクラブ活動に参加し、経験を重ねて、最初は「自分にはできない」と思っていたことが、一つずつできるようになります。やがて後輩に指導する立場となり、リーダーとして成長していくのです。こうした6年間の積み重ねによる成長は、学校という場でなければ得られないものであり、その環境をしっかり整えていくことが私たちの役割です。

多様性に富んだ教員や環境が生徒たちの個性を伸ばす

髙城
中・高等科では「集い、出会い、磨き合い」を教育方針に掲げています。これは、学習院の教育目標である「ひろい視野、たくましい創造力、ゆたかな感受性」を、中高生にとって身近な言葉を用いて私が表現したものです。異なる個性が「集い」、違った価値観と「出会う」ことで「ひろい視野」が生まれます。そうして得た知識や経験を自分のなかでしっかり咀嚼することで「ゆたかな感受性」が育まれ、新たな視点や発想を生み出す「たくましい創造力」へと結びついていきます。たくさんの個が「磨き合い」ながら、これら3つの教育目標を会得していく段階が中・高等科だということです。
長沼
女子部にも、「切磋琢磨」の精神が息づいています。教育の根底にあるのは、明治20年に昭憲皇太后から賜った御歌「金剛石水は器」です。金剛石、すなわちダイヤモンドは磨かなければ光らないのと同じように、人もしっかりと学んではじめて人徳が備わるという教えです。そして、「水は器」は、水は器によって形を変えるが、人は交わる友により変わる。よき友とともに学びあいましょうという教えです。
髙城
当校には、多様性を育むためのユニークな取り組みとして高等科2年生を対象にした「総合」という授業があります。これは教科の枠にとらわれず、20人程度の教員がそれぞれ独自のテーマで講座を開講するもので、「ビジュアルから古典を学ぶ」「ハングルを学ぼう」「ランドスケープアーキテクチャ入門」「ミステリーと数理論理学」などその内容は実に多彩です。生徒はそのなかから自分の興味に応じて講座を選び、1年間探究活動に取り組みます。また、いろいろな学び方があることを体験してもらいたいという思いから、中等科3年と高等科3年では、英語の教員が歌や映画といったさまざまな切り口で授業を行う「英語選択」を設けています。
多様な生徒と向き合い指導する教員もまた、それぞれの分野で精通し、多様性に富んでいることも本校の特徴のひとつです。
長沼
女子部では、「本物に触れる」「過程を大切にする」「表現力を身につける」という3本柱を教育の軸としています。たとえば、理科では実験や観察を重視し、家庭科では裁縫や調理実習、芸術ではご自身も芸術活動を行う専門性の高い教員が指導するなど、体験を通じた学びを大切にしています。また、生徒が学んだことを発表・共有する場を設け、互いに刺激し合いながら成長していきます。
髙城
私たちも、授業で学んだことをレポートにまとめて発表する機会を多く設けていて、それが生徒の表現力や発信力を鍛える場になっています。女子部では「卒業レポート」にも取り組んでいると伺っています。
長沼
高等科3年生が「卒業レポート」に取り組み、自分が興味を持ったテーマについて、ほぼ1年間かけて深く掘り下げていきます。3学期にはクラスで発表を行い、クラスで選抜された代表者が、学年全員の前でプレゼンを行います。それぞれのテーマは多様性に富み、パフォーマンスも工夫が凝らされており、生徒たちの成長を強く感じます。今年度から、この発表会に全校生徒の希望者が参加できるようにしました。生徒同士の「磨き合い」の場がさらに広がりました。
髙城
多角的な視野を培う行事としては、高等科2年の「沖縄研修旅行」があります。沖縄といえばきれいな海を思い浮かべる生徒も多いのですが、実際に訪れることで戦争の歴史や基地問題、環境問題など多くの課題や価値観が存在する場所であることを知ります。肌で直接感じることは、より深く物事を考えるきっかけになっています。女子部にも、多様性を育む行事がいくつもありますね。
長沼
一つ挙げるとすると、卒業を間近に控えた高等科3年生に下級生がこれまでの感謝の意を表す「送別学芸会」です。中等科1年生から高等科2年生までが学年ごとに合唱や劇を披露します。たとえば劇では、監督、演出、脚本、キャスト、大道具、小道具、衣装、メイクなどさまざまな役割を、生徒たちがそれぞれの得意分野を活かして分担します。高等科3年生への想いを表現するために演出や演技にも工夫が凝らされ、毎年とても感動的な時間となります。それぞれが自分の個性を輝かせ、お互いを認め合う、よい学びの場になっていると感じます。

中・高等科での時間がその後の人生の土台に

髙城
卒業生からは、「自分の原点は中・高等科にある」といった声を聞きます。人格の幹をつくり、個性を伸ばしていく多感な時期にさまざまな経験を積んだことが今につながっているのでしょう。私たちはダメなことはきちんとダメと伝えながらも、基本的には広い道を用意しています。そのなかで転ぶ生徒もいれば、まっすぐ歩いていく子もいます。それぞれのペースでの成長を大切にし、許容し、見守っていくことを大切に考えています。
長沼
女子部では、卒業生が在校生に話をしていただく機会を多く設けています。また、クラブのコーチとして後輩の指導に来てくださる方もたくさんいらっしゃいます。卒業生の方々に伺うと、共通して出てくるのは、「女子部時代にのびのびと活動できたことが、今の自分の土台になっている」という言葉です。
髙城
本校の図書館には卒業生や現役学部生が頻繁に顔を出し、現役生徒との交流も見られます。人間の多様性を重んじるだけなく、マルチな接点として多様な環境が用意されていることも「学習院らしさ」といえます。自分の居場所がそこに存在すると思えることは、現役生徒や卒業生の心の支えにもなっているのではないでしょうか。

人と人とのつながりが生む文化を未来へリレーする

長沼
AIが台頭し、刻々と変化していくこれからの時代を生きていくためには、ひろい視野とゼロから何かを生み出す創造力、そしてゆたかな感受性がますます必要になってくるでしょう。
そうした力は、人と人との関わりのなかで育まれるものです。コロナ禍を経てそれを痛感した今、あらためてゆたかな経験を積み、多くの友人と学び合う学習院の文化を大切にしたいと思っています。私自身が学んできて強く感じるのは、「学習院らしさ」とは人を大切にする教育だということです。その伝統を未来につなげていきたいと考えています。
髙城
最近は、効率重視の風潮に対して懐疑的な見方も出てきています。中・高等科では、あえて効率を追い求めずにきました。理系・文系といった区分けはせず、生徒は自分が選びたい科目を自由に選択します。同じクラスには、外部大学や医学部を受験する者、学習院大学に進学する子など進路も興味もさまざまな生徒が混在しています。多様な人がともに学ぶ環境をつくることで、互いに刺激を受け合い、視野が広がっていく。これからの教育においては、そうした考え方はますます重要になってくるのではないでしょうか。
  • 本記事は、2025年4月に行われたインタビューを掲載しています。

プロフィール

学習院中等科・高等科 科長 髙城 彰吾

学習院中等科・高等科 科長
髙城 彰吾

学習院高等科卒業後、学習院大学および同大学院で数学を学ぶ。長沼先生とは大学、大学院を通じて大津賀研究室で同期。1990年に高等科の数学教諭となる。2017年度から高等科教頭を務め、2022年度から現職。高等科と大学時代には漕艇部で活動し、ローイング(ボート)競技の公認コーチや審判の資格も持つ。現在も高等科漕艇部の顧問を務める。

学習院女子中・高等科 科長 長沼 容子

学習院女子中・高等科 科長
長沼 容子

筑波大学附属高等学校卒業。髙城先生と同期で学習院大学および同大学院の大津賀研究室で数学を学ぶ。1987年に学習院女子中・高等科数学科教諭として着任。2016年度より生徒課長、2018年度より教頭を経て、今年度から現職。高校から剣道を始め、大学剣道部に所属。女子中・高等科剣道部顧問を長年務めた。

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